芳しき薫りに酔いし春の宵
三度の飯よりレトロな建物。
レトロな建物に共通する、床の油の匂いは特に僕の五感を擽ります。
古くなった油とホコリと、木の匂いに少しのカビ、それらがねっとりと飴色に変色して芳香を放ちます。

古い建物特有のあの匂い。あれは何なんだろう。
ベニスで泊まったホテルの廊下も渋谷の名曲喫茶ライオンも、箱根の富士屋ホテルも、倉敷のカフェエルグレコも明治村にある建物も、ほとんどの洋館建築にこの匂いがあります。
逆に、社寺仏閣では匂った事がないです。あくまで西洋風、土足用の床の保護剤なんでしょうか。
このオイルの匂いに出逢うと、必ずお店の方に質問させてもらっていました。どんなメーカーのなのか、どこで買えるのか。
しかし、たいていがアルバイトの方だったり、大きな建物だと業者さんが入ってたりしてで「さあ、、ちょっと分かりません、、」という回答がほとんどでした。まあ、そりゃそうだわな。
そんな訳でもう10年以上、探していたのですが。
東中野の少し外れにある、年季の入った金物屋さん。ちょくちょくお邪魔しては色々買わせて貰っています。

昨日もまた、分厚いガラスの醤油差しとか、仕入れて30年は経ってそうなガラスケースの奥の重箱など眺めては悦に入っておりました。ここは時間が止まっているのです。

ふと、床から立ち込める油の匂いに気づきました。
これ、探してたヤツやんけ!!
最近引いたっぽい油。まだ乾ききっていない。
割とクールなオバさまにすかさず聞く。ここはバイトさんでもパートさんでもなく、個人経営丸出しの店舗なのできっとご存知の筈!
オバさま、「ああ、床の油ね、これよ」と奥から出して来て下さったのが、18リットル入りの巨大な油の缶。

へぇー、こんなのあるの知らなかった。リンレイは床のオイル界のトップブランドだけど、また何ともシンプルな、、しかも大きな缶だこと。
僕としては、お店の床面積が広くないのでこんなに要らない。昔勤めていた店舗でも油をひいていたけど(そこのは現代的な乳化したワックスだった)今の僕の店ならコップ半分もあれば充分足りる。
その後の重ね塗りになるとほんの少しで足りちゃう。ケアも一年おきくらいなのだ。
一回で90mlとして、それが一年毎だと、18リットル缶なら200年分もある(笑)
うーん、ここはモジモジ作戦でいこう、、。
とりあえず、欲しかったレトロな茶托をまとめ買いし(今度昼間営業のカフェで使います)それとなく聞き出す。
こんなに大きいの、随分持つでしょう、、こんなに要らないしなぁ、、いい匂いだなぁ、、。
オバさま、ついに痺れを切らしたのか「少し分けてあげるわよ」と。
「えー、でも悪いですよ!そんなの!!」(笑顔が止まらない)
慌てて向かいのコンビニに行き、ペットボトルのお水を買い、中身を植木にあげて差し出す。2リットルのボトルって所が我ながら図々しい。
いやー、助かりました。デカい缶を200年も置く場所ないし、小分けしてくれるところなんて皆無です。少し多めにお金を置いて、一目散に家に帰って匂いを嗅ぐ。
うん、石油系の溶剤の奥に、かすかにあの好きな匂いがする。
日曜日らしい、温かで密な営業で少し酔ってしまったのですが閉店後、憧れの作業に取り掛かる。

引っ越しの前に蜜蝋を塗り込んだのがもう三年近く前の9月。流石にほとんど擦れて木の表面がむき出しになっていたので、よく吸うこと。
残念ながらまだまだコクのない爽やかな香り。あの芳香には程遠い。
あくまで予想ですけど、このオイルが少しずつ酸化して、重なり、ホコリやらと混ぜ合わされてやっと例の匂いになるのではないかな。
ミシンとか工作機械、例えば旋盤なんかの機械油の匂いも、似た系統の好きな匂いがしますが、あれも最初はサラサラで無臭に近いのがだんだん酸化したのではないか。
レトロ臭は1日にしてる成らず、か。
三回重ね塗りをして、定休日を利用した乾燥タイム。しっかり揮発させないと喉が痛くなります。僕も少し喉やられています。
いつかの大宮の鉄道博物館の古い車両もこの匂いだった。
要するに、高度成長期まで位はフローリングワックスって、ほとんどこの石油系のだったんですよね。

こうやって細かくお店に手を入れて、自分の納得のいく空間を作る。前の店も5年目くらいからやっと手に馴染んできたし、そのくらい経るとまたやり易く感じるのかもしれない。
時間をかけて成熟させる。馴染むよう細かく手を掛ける。楽しみが増えました。
あー、早く熟成していい香りになって、誰かお客さんに「あれ、何だか懐かしい匂いがする」なんて言われたら嬉しいなぁ。
- 2018.04.16 Monday
- 昭和レトロ探訪
- 08:25
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- by シンスケ