昭和レトロ探訪 鉄道博物館




久々の昭和レトロ探訪。今日は満を持して大宮にあります、鉄道博物館へ。


夏が終わる頃から出不精になり、遂にはお休みの日にはよっぽど理由がない限り家から出なくなる始末。
大体は寝過ごして、デリバリーのピザやら釜飯を食らってまた寝る。夜中に起きて寝なきゃいけないと思い、酒を飲んでまた眠る。


月曜から火曜の夕方までに、平均24時間位眠っている計算になります。いいえ、働いてる日も12時間近く寝てますので同じか。ということは、僕の人生半分は睡眠じゃないか。寝るために生まれてきたのか。

休みの度に自分を責める日々。行動を起こしたい。でも、また寝てしまう。


4ヶ月かかって、やっと出掛けられました。実は夏からここ大宮の鉄道博物館に行きたいと思っていたのです。


今日は吸い込まれそうな澄んだ青空の東京地方。


youtubeで見繕った、ヘンデル作曲の王様がどうしたとかって祝祭感この上ない曲を爆音にて景気付け。


こういうバカみたいな曲を聴きながらサラリーマンが多い真面目な路線に乗るのは違和感があるんだけど、ギャップが強調されて、何となく気持ちいい。


埼京線の車窓からは富士山が見えます。写真は撮れなかったけど、こんなに近くに見えるとは。

東京も昔はあちこちから富士山が見えたんですってね。浮世絵で富士山の絵が多かったり、富士の名の付く地名が多いのも頷けます。



しかし、なんて気持ちいいんだろう。日も浴びず、穴熊みたいな生活が長かったから余計に空に吸い込まれそうになります。



そして、到着。初めての大宮、意外と遠かった。






重要文化財の機関車とかあります。かっこええな!





僕のお目当は3つ。1つ目は大正時代から昭和の終わりまで活躍した、オハ31という車両。そして御料車に、食堂車のカレー。



まずはオハ31と参ります。かつてロングヒットといっても過言ではない車体はまだまだ重厚なデザイン。全国で活躍した三等車両です。
多分ですけど、テレビ小説おしんの小林綾子やら大河ドラマ「いのち」の三田佳子先生やら、火垂るの墓の清太さんやら、皆さんこの電車の筈です。(資料なし)





元々、国鉄の更に前の鉄道省時代に出来た車両なんですけど、これ以前は全て木製だったんですって。
大きな事故で多数の死傷者を出した木製車両は危ないという事で、この鋼鉄車両が誕生したという訳。






1980年前半まで使用された、とありますが、どうやら沢山の私鉄に払い下げられての事らしい。そういや大井川鉄道なんかで、似た車両見た事あったな。






鋼鉄車両とはいえ内装はウッドパネルで、三等車両だから狭いながらもかなり優美なもんです。

どうして今の時代はこういうデザインが廃れてしまったのか。僕の乗ってきた埼京線なんて、まるで鉄くずみたいた。

冬はストーブ列車になります。でしょ、そうじゃないと。





窓と網棚のバランスの美しさといったら!!








こんな美しい列車、何時間でも乗りたいわな。しかし、それがここでは叶ってしまう。そう、何時間でも座って良いのです!
それくらいは事前に調べていたので、一番重いヘッドホンを持って来た。



次のBGMはブラームスのインテルメッツォ。

まじでヤバいです。

木のニスの匂いや油の匂い。子連れの家族の叫び声は重いヘッドホンで遮断されて聞こえない。
僕の一番好きな時代、第一次世界大戦の後のほんの一瞬だけ訪れるロマンティックで優雅な時代。
目を閉じると、あの時代に軽く旅立てます。

そして目を開けると、なんとも可愛いグリーンのクロス張りソファー。





側にはボタンもあります。押し放題(キュン死)!!




持って帰りたいけど、いやいや、ダメですよ!


結局、1時間も座っていました(笑)


僕にとってのこの車両は、まるでperfumeファンにとってのオープニングのプロジェクションマッピングであり、バラ愛好家にとっての5月の1週目の晴れた暖かな日曜日であり、初恋の人と初デートの木漏れ日のようでもあり。


今の所、僕にとってこの世で一番癒されるシチュエーションです。


心の片隅にオハ31型を!


気持ち良すぎて泣きそうになっています。






また、必ず来るからね。




この後は皇室専用車両、つまりはお召し列車です。





保存のためか、ガラスケース越しだし暗いし、、。よく見えないよ。


天井のクロス張りは少し見えたけど。




万が一座れたとしても、音楽聴いたり目を瞑ったり出来たとしても。僕にとっては豪華すぎて落ち着かないかもな。三等車両くらいが色んなイメージが沸いてちょうど良い。

皇室専用車両ではなく、こんな車両もありました。外国人観光客に向けた、超豪華な桃山風の車両。


マイテ39型、1912年から始動した一等車両です。



これも、ね、。少し違うよね。落ち着きません。(中には入れません)




そのほかも時代を下ると沢山の車両が。

ひばり、東北本線の特急です。何となく覚えてるかなぁ。




後は新幹線。これも懐かしい。





これも中で座ってみる。もはや今のとあんまり変わらないような。





そんなことをしてると腹が減って来たので、腹ごしらえ。



日本食堂が運営する、食堂車のメニューを出しているレストランが併設されております。そりゃここで決まりでしょう。






車両風のデザイン。





メニュー。大体1500円から2500円位の構成。





僕はこういう場合は必ずカレーにします。レトロに於いて、例えば富士屋ホテルでも三越でも明治村でもホテルオークラでも資生堂パーラーでも、必ずカレーを頼む。

メニューを1つに絞る事で比較がしやすく、体型的に各特徴を捉えられます。(何のために?)



1600円のカレー、期待が高まります。僕はもう発車寸前です!!






あれ、、、まんまレトルトの味!


(´ω`)






いつかの、伊勢のミキモト真珠島のアコヤ貝ピラフ並みの外れでした。

食堂車なら1600円でもいいけど、、考えてみたら埼玉の真ん中でしょ、ちょっと納得いかない。レトルト臭があんまり得意ではないので、残念でした。

どんな高級ホテルのレトルトよりも、鍋で煮た有り合わせのカレーの方が美味しいと思うのは僕だけでしょうか、、。(帝国の缶詰めは別)




気を取り直して二階のパネル展示を拝見する。これだけで一日中掛かりそうなボリューム。





もう一度、オハ31に戻る。やっぱり素敵な車両だな。






僕の店も、いつかご縁があったらこの車両でやってみたい。黒柳徹子さんのトモエ学園みたいに、運転席があって窓から森が見えて、そこでキャアキャア言いながら歌ったり酒飲んだり、、。


コンパクトなサイズもちょうどいいかもね。まだ今の店は広いのです。



うちのお店、実は電車のサロンカーをイメージしてたりします。気付いている人も居るかもですけど、赤いソファーやら網棚やら、少し意識しています。ベランダが最後尾のつもり。






今はガラクタしか載ってないけど網棚もありますよ。





オリエント急行ってのがロンドンからヴェネチアまで走っておりまして、中の一両にはグランドピアノが搭載されております。





料金は意外と高くなくていちばんやすいクラスで35万。って、高いよね(笑)


今日の鉄道博物館が1000円。ちょうど一年間通って同じ値段って事か。



それよりも要らなくなったオハ31、どこかに余ってないかなー。内装だけでもバラして壁に貼り付けてバーにしたい。




鉄道博物館、かなりおすすめです!冬のデートに如何でしょうか。



帰り道、何となく気分が良かったのでまた伊勢丹にてハンドソープを買いました(笑)


これで8本目です。アヴェダのローズマリーのとニールズヤードのシトラス。横並びであと2本はイケるかな。






昭和レトロ探訪〜美輪明宏の生家を訪ねて




ああ、長崎、長崎、、、。



今回のブログはかなり長いです。昼間から飲んでるのでそうなりました。お好きな方だけお読みください。



マキさんの新編が放送されて、ブログのアクセス数が10倍ぐらいに増えてビビっていますが、独自路線を崩すことなく続けて参ります。
















(汗)







さて、僕がずっと行ってみたかった街の1つに、長崎があります。



今回は僕の情緒の原点を探る旅、です。



僕はよくお店なんかをご覧になった方がヨーロッパ趣味だよね、なんて言われることが多いのですが、正確には「日本にヨーロッパ趣味がなだれ込んできた時のややこしい感じ」に目がないのであります。


日本人は他国の文化を混ぜるのが上手と言われていますが、それも数回の大きなブームを経ていると思われます。


開国後の鹿鳴館、大正ロマンのアールデコ、戦前の洋間付きの文化住宅。終戦後間もなくのジャズブームやタンゴ、ラテンブーム。

どれも混ざってるのか混ざってないのか、インチキ臭い脇の甘さも含めて、僕にとっては本当に堪らない、ただただ好きな世界なのです。




それと同時に、女のドラマも好きです。特に、売られた女の儚く悲しい物語。昔の芸者さんやお女郎さん、ラシャメンに戦後の洋パン。



横浜や下田、神戸に長崎。偶然だけどそれらの街には中華街もあります。きっといろんな外国文化が混ざってたんだろうと想像します。



悲しい女の異人さんとの物語は横浜の「ふるあめりかに袖は濡らさじ」やら、下田の唐人お吉、長崎の蝶々夫人など、枚挙にいとまがありません。





そして、「異国文化と日本人の融合」と「悲しい女の物語」この2つ足すと、僕の中では美輪明宏さんへと結実します。


いわばアイコンです。



濃い化粧でドレスの裾を引き、シャンソンの形をとった、女の悲しい物語を伝え続ける女形の美輪さん。






セピア色の時代を生きたこの方は、僕にとってはどこを切り取っても情緒の母なのです。



でも、特に「美輪さん命っす!!」というわけではないのです。コンサートも三年くらいご無沙汰していますし、特に追いかけて録画したりもありません。


でも、いつも好きなものを紐解くと必ず美輪さんに帰ってきてしまいます。絵の具の三原色みたいに。なんでだろか。


平成の現代でも未だ変わらない、彼の紡ぎ出す戦後の焼け野原に漂う、甘いメロデイ、酒場の匂い。


彼が生まれ育った昭和初期の長崎の遊郭と、その周辺環境。これを見ずして先には進めません。



オーバーだけど、それを解くことは僕の心の奥底にある懐かしい風景を見ることと重なるのかな、と。



そういう訳で今回は、僕の好きな「情緒の世界」を求めて長崎を旅しにやって参りました。


僕なりにレポートしてみます。しばらくお付き合い下さいませ!






羽田からタラップにて機内へ。長崎行きはマイル消化です。一昨年の移転の頃にたまったマイルが丁度今切れるのです。




機内では領収書の整理と、、、






美輪さんの予習。





そうこうしてるうちに、窓にはには長崎の島々が。待っとけよ、今から行くからな。











***


美輪明宏氏は昭和10年、長崎市の本石灰町にて生をうけました。


路面電車の思案橋駅が最寄りだそうです。中々の懐かしい街並み。






昔はここが川で、橋が架かっていたそうです。奥に丸山遊郭という、京都の島原遊郭と向こうを張る規模の巨大遊郭がありました。


最盛期には59軒の遊女屋に335人の女郎さんが居たとか。


客はこの橋の辺りをいこうか、戻ろうかと思案していたからその名がついたそうです。


思案橋駅から丸山遊郭に向かう途中の門前町に南座という大きな芝居小屋があり、その隣のカフェー「世界」の奥の長屋でお生れになったとのこと。



自伝「紫の履歴書」の冒頭に、 武久夢二の長崎十二景の絵さながらに、港あり、丘あり、山あり、川ありで、その中にイスパニヤ、ポルトガル、オランダ、オロシア、支那、朝鮮、英米國人と、様々な国の人々を遠い祖先に持つ人々が、その面影を残した容姿や性癖、習慣で、それぞれが幻のように暮らしておりました。





とあります。

美輪さんの生家のあった本石灰町は元々異国情緒の豊かな街並みで、表通りにはロシヤケーキの店や支那餅など、様々な店が並んでいたそうです。




美輪さんのご実家の稼業はカフェーで、今で言うキャバレーとバーの中間くらいですかね。和洋折衷の最新の流行の着物を着た女達が男とダンスを踊り、享楽の時を過ごした場所であります。


美輪さんのお母様は女傑の美人と界隈で有名で、篝火と夜桜の裾模様が入った着物にハイヒールを履き、夜会巻きにした髪にはスペイン櫛を挿し、レースの扇を仰ぐ、、、当時流行の昭和モダンスタイルで、数十人の女給さんをまとめていらしたそうです。




そして、隣の南座はかなり大きな規模の劇場で、当時最新の芝居や映画が上演されており、支配人夫婦に子供が居なかった為か可愛がられた幼少期の美輪さんは、それらを片っ端から見せてもらったとあります。


そして、向かいの近江屋楽器店では最新のジャズやシャンソンのレコードを聴き、斜向かいの骨董店では美術品やアンティークを見て、生家の側で文字通り目と耳と心を養った幼少期だった、と。


なんて素敵な街なんだろうか!!


まあ、能書きはこのくらいにして。早速入ってみましょう。





情報によると生家の隣にある南座という芝居小屋は、その後長崎宝塚劇場となり、映画館を経て今はリッチモンドホテル長崎へと建て替わっております。


リッチモンドホテルをあっさりと発見。




と、言うことは、、、。

これだ!





ありゃりゃ、、、。えー。





カラオケスナックと焼肉店か。かなり雰囲気違うなぁ。



この辺りは居酒屋、コンビニにカラオケ、ビジネスホテルにサウナ。後は見慣れたチェーン店のお店に風俗店、まあ歌舞伎町的なエリアなようです、、。








かつてはここに和洋折衷のカフェーがあり、向かいにはシャンソンのレコードの流れる中、ロシヤケーキのお店があったのか。見た所、どうやっても想像出来ないです。



日本中の繁華街で見られる、なんとも言いようのないつまらない景色でした。




まあ、言っても仕方ないもんね。グスン。


折角だから奥の丸山遊郭行ってみよっと。






と、レトロの神様は見捨てなかった!!





当時からある交番ですって。素敵じゃないか。持って帰って、ウチの向かいに置きたい。


当時の行き交う紳士淑女も、美輪さんもこれを見たのかな、、。




その奥には、何と、、



見にくいですが、キヌギヌの向かいにもある角海老さまがありんす!!

言わずと知れたソープランド。奇しくも同じ交番の裏手にあります。



ありゃー、何という偶然。やっぱ色街はカオスだな。

そして、脇道を探索。











ゴールデン街と新千鳥街を足したような


こちらの方が古くて小さな店が沢山。まあ、落ち着きます。(笑)夜にまた行ってみよかなっと。



その中で目を惹く看板を見つけました。




「オカマとマジック」が日本上陸、愉快なサリーママ、、。

オカマの方がマジックするのかな、、。日本上陸って事はサリーママは外国人なんだろうか。





かつての色街は総じて、売春防止法以降に飲食街になり、雰囲気や情緒が失われてしまっています。


それは仕方のない事かもしれないけど、日本のどこか片隅に、一箇所くらいは華やかで怪しい、お芝居のセットのような街が残ってないかといつも思います。



居酒屋に牛丼チェーン店にコンビニ。日本中、どこ行っても同じなんだもん。それじゃつまらないですよ。


ここ長崎には何かがありそうな予感がします。レトロな華やかさ、怪しさに活気も。


明日は見つかるかな?






まだまだ続きます。




春の小江戸、川越散策




昨日の朝。小銭を両替しに自宅から最寄りの銀行まで行った時のこと。

銀行を終えて外に出ると、お寺の境内に桜の木が見えました。立派な染井吉野。

桜も今週末は雨の予報ですし、夜型の僕は、また今年も見られないのか、、。

なーんて考えていると、急にどこか遠くに行ってみたくなりました。あんまり乗らない鉄道の終点あたりとかいいな。



それならば、小江戸、川越がいい!


まだ行ったことがないレトロなイメージの街並み。そしていつか見たテレビ番組で、こんな桜の景色が。




本当にこんな景色があるのだろうか。まるで、江戸時代みたいじゃないか。

どうせやる事ないし、行って確かめてみよう。ついでに美味いものでも食べて、お酒飲んで、、!



と、JR西埼京線にて、川越駅まで。

車窓からは菜の花畑などの鄙びた風景や






ゴルフ場なんかが見えたりして。


無性に菜の花が食べたくなります、、。



鎌倉方面は過去に300回くらい乗っているのですが、埼玉なんて滅多に行かないのです。凄く新鮮で、子供のように窓に張り付いて景色を眺めておりました。


小一時間で川越市に到着。

駅前はのんびりした地方都市って感じです。ローソンにマクドナルドに、銀行ご沢山あって、バスターミナルと、、、。


というか、どうして、日本中同じ景色なんだろう?!



ともあれ、旧市街は駅から離れたところに、という僕の決めつけ通り、蔵の街並みを見に行くことに。


バスターミナルに行ったものの、オバはんと外国の方による長蛇の列。見事に混み合っております。

仕方ない、歩いて行こう通り思ったところ、駅の反対側から歩いてくる某お客さんと遭遇!しかもカップルで、なんで僕が居るのかとても驚かれていた。

蔵の街並みを観に一人で来た、歩いて行く、とマヌケな答えを返すと、レンタサイクルがいいと勧められた。200円で好きな所に返却していいとの事。

駅近くにある駐輪場に案内して頂く。




Suicaをピッピッとやって、それで終わり。すごくシンプル。


カゴに地図が括り付けられており、至れり尽くせりじゃないか。マークのところの駐輪場に停めれば乗り捨てても良いらしい。


地図でいう左下が駅前。蔵は真ん中上あたり、右上が今回の目的、氷川神社となります。




天気のいい知らない街を自転車でスイスイ走る快感。さっきの混雑バスを遥かに追い越して、優越感の中、例の蔵の街に到着。





蔵の両側は、蔵造り建築が並んでいます。

詳しいことはネットに沢山出ていますが、数度の大火事で焼け残った建物が蔵造りだったそうで、焼けてしまった施主が競って真似をして、このような街並みに至ったそうです。





中には洋風建築のこんなカフェや







りそな銀行の川越支店も。(元々は川越発祥の埼玉銀行がりそなの源流だとか)





お蕎麦屋さんもこの通り。銅板吹きになっています。良いなぁ。






蔵造りのメインストリートの商店は、申し訳ないけど有りがちなメニューばかり。

煎餅にまんじゅう、ソフトクリーム、土産物など、日本中どこにでもあるような観光客向けの内容だったのでスルーしました(汗)


もっと、
街並みは後に取っておいて、一路、桜を目指します。新河岸川というこの川、輸送目的にクネクネ曲がっており、江戸まで1日で着いたとか。





氷川神社の裏にあるらしいんだけど、、特に気配もなく、、、。

あ、これか。






裏に回ると、、、。





おっ、桜が見えた。川もあるぞ!!












写真そのままやんけ!!





川の両岸が芝生に覆われているのが、のんびりした風情を醸し出しているのですね。春の小川そのもの。

最近の川はコンクリートで固められてます、こういう景色はあんまり観なくなりましたね。



氷川神社には花嫁さんの姿も。






是非、蒼井優みたいに桜の下を泣きながらダッシュして欲しかった。





その後は自転車で街を爆走。春らしい、誠にいい陽気ですな。

自転車が最高に気持ちいいのです!










1時間は走ったでしょうか。腹が減ったので蔵造りの和食レストランへ。


ここには借りてるレンタサイクル専用の駐輪場がある。ガチャンと押し込んで、いざ。

天麩羅、蕎麦と刺身の定食を注文する。桜の季節のビールってのも。





天麩羅を頬張り、ビールで流し込む。うう、たまらん、、。


レトロな街並みでビール、いや麦酒を頂く。外は桜が咲き始め、大正浪漫の頃に想いを馳せます。


はぁぁ、、、





また、始まってしまった。






ほろ酔いで店を出ると、自転車が無い!!





あゝ、そう云ふ事か。自転車はシヱアされてゐたのですね、、。他の誰かが載って帰へつたに違ひない。私がうつかりして居たのだが、ならば驛まで歩ひて帰へればゐゝだけの事。


櫻の下を、いざ歩ひて参らん。










大正浪漫夢通りと云ふ路を歩いて帰へりました。



小江戸川越、大變ゐゝ風情に御座いました。



また訪れたひと思ひます。




店で用事を済ませた後、菜の花を買って家に帰り、味噌汁にして頂きました。飲んだ日はさっぱり、簡単に済ませます。









さて、4月4日。本日よりキヌギヌは、13年目に入ります。


長い間やらせて頂き、本当にありがとうございます。これからも温かい止まり木であれますよう、のんびり続けたいと思います。
今後ともどうぞご贔屓に、よろしくお願い申し上げます。


ヽ(´▽`)/



そして、感謝パーティーは4/23に行います。14:00〜26:00まで!!






4/23 14:00〜26:00
1,500円/1 ドリンク

フードやお酒に音楽、ライブペイントを多数ご用意。ゆるーいバザーのようなものをご想像下さい。


混雑時、ビルの構造上お並びいただけませんので、お手数ではありますがお近くからお電話を頂きまして、その都度空き状況をご確認頂くよう願い申し上げます。









昭和レトロ探訪 小田原「だるま料理店」



久しぶりのレトロ探訪。


所用で神奈川県小田原市に参りました。


偶然通りがかった、とんでもなく迫力のある建物。入ってみる事にしました。





なんだ!この飲食店なのに人を威圧する佇まいは!




達磨という食事処でして、小田原の網元(漁師の取りまとめ役)が大正初め頃創業なさり、西洋と和食のお店として開業なさったそうです。その後、鮨と磯料理、丼料理に落ち着かれたとのこと。


唐破風のファサードはまるで吉原の大楼閣。大好物っ!!

御殿風建築は主に当時の劇場、銭湯、そして遊郭など、人の集まる所に主に使われた様式のようです。

なるほど、後で調べましたら関東大震災で倒壊したところを網元さんがブリの大漁で蓄えた資材をもってして再建なさったとのこと。気合いが違います。

破風はこの通り。緑青が葺いていいアクセントになっております。



唐破風の下から。千本格子が粋に、涼しげに光を通しております。



そして中に入ってみます。




彫り物の衝立。鏡も入ってかなりの迫力です。

鳳凰でしょうか。向かい合っています。好き。




天井は折り上げ格天井。格子がはまっていて、淵より一段上がっています。

二条城や明治宮殿の主たる部屋に使われる、日本建築でもっとも格式の高い天井の様式です。






今では照明が蛍光灯らしきものにかわっていますが、入り口に飾られている写真によりますと、昔は陽刻吹きガラスのシェードが下がっていたようです。

キヌギヌにも3つ下げています、明治末期からの流行のスタイルで、和にも洋にも合うということで広く普及したそうです。

今でも普及型の洋館(いわゆる文化住宅)の応接室や古い病院なんかに行くとたまに下がっています。






座敷も素敵!!

こちらは船底天井で大きな木材がふんだんに使われており、意匠を凝らした跡を感じます。

書院風な窓にオレンジのステンドグラスがあしらわれていたりして、これは正に遊郭のスタイル。少しアールデコ入ってます。


こちらのお店がが遊郭のスタイルなのではなく、大正頃の豪奢なスタイルが大抵このテイストだったんだろうと思われます。




こちらの衝立は今のものかな。残念。




床は焼き物らしきタイル。美しい。




お手洗いもこの通り、少なくとも昭和以降大きく変えていないであろうサイン。




さっそく、天丼を注文します。僕のレトロ探訪の物差し的メニューはカレーライスと決まっているんですが、そんなものはない。なんせ鮮魚が売りなのだそうで、後は寿司や懐石となってしまう。


待つこと数分。





派手な有田焼の丼の蓋から海老の尻尾がはみ出しています!

これぞ正しい天丼の図。






小田原らしい真薯の入った吸い物は鰹の効いた出汁。

糠の香りのする漬物と、海老の乗った天丼。


これは過ぎ去った昭和の頃、サザエさんなんかに出てくるあの味ではないか。


突然上司が磯野家に尋ねてきて、何の食事の用意もしていなかったサザエがフネと相談して店屋モノを取り寄せる。


サザエ「毋さん、やつぱり特上がいゝかしら」

フネ「並で良いんじやないの?あまり高いのだと却ってお氣を遣わせるし」

サザエ「そうね。モシモシ、天丼一つ、並でゐゝわ。急いでね、、、」

来客が申し訳なさそうにモジモジ立つている。手洗いを探しているうちにうっかり立ち聞きしてしまう。

うつむくサザエとフネ、みたいなオチの話のやつ。


あゝ、昭和は遠くなりにけり、、、。





胡麻油の効いた天ぷらには巨大な海老とイカ、きす、茄子と獅子唐。食べ応えはあるのにあまり甘くなく、僕の好みの味。


お冷を頼むとカウンターのショーケースから、グラスが出てきます。あー、こういうの好きだわ。清潔で機能的で僕の店にも取り入れたい。






東京の老舗は大震災と戦火で、神田の一部などを除く殆どの店が建て替わってしまっています。さすが城下町小田原。新幹線停車駅のある豊かな街。



参った。また行かなきゃ。( ´ ▽ ` )ノ





久々のレトロ探訪でした。




昭和レトロ探訪 レストランいづみ



久々の昭和レトロ探訪。


灯台元暗しと申しますが、今回は正にその通り。
新物件のあります五丁目のビルの真向かいに、そのレストランはあります。


ビルの階段から見ますと、、(二階以上がエレベーターとなります)




真正面になります。

移転先の情報を聞いた時から、度々、きっと数十回訪れているこの地。その向かいにまさかレストランが有ったとは、、。全然気付かなかった。



なかなか迫力のあるファサードであります。ショーケースも正しい佇まい。




看板のコックさんは、何やら気の優しそうな笑顔。これは見る人に安心感を与えます。




店内は15席位のこじんまりした感じ。とても懐かしい、レトロ探訪に相応しい、僕の好きな雰囲気。



チワワみたいな色白の奥様と、旦那さんと思しきコックさん(注文が入ると甲高い声で応答なさる)のお二人。

ああ、癒される。


お昼のランチB定食を注文しました。



かなり、、量が多いのです。

目玉焼き、ハンバーグ、エビフライ、ワカサギ?フライ、サーモンフライ、白身魚フライ、チキンカツ、小さな豚カツ、スパゲティー、サラダ、パイナップル。

ご飯にはカレーと、またチキンカツ、、。そして味噌汁。

1250キロカロリー位あるな。


正しくて懐かしい、あの味。

大人のお子様ランチと言った感じでしょうか。繊細さやサッパリとした味が好きな方には向かないかも知れない。

他のお客様も、工事現場の作業員風の方が多かったです。なるほど、皆さんのスタミナの源です。


昼休憩が終わったのか、お客さんが帰られる。

ふと、店内が静かになった。


あの店を思い出した。

お向かいさんという事で、これからもお世話になると思います。

新参者ですが、どうぞよろしくお願いします。



昭和レトロ探訪 躊躇する店構え



久々のレトロ探訪。最近バタバタしてて落ち着いてレトロ巡りも出来ていません。

上野のあそことか、神保町のあれとか、神田のあの店とか行きたいんだけど。


で、今回も行けていません。行きたいんだけど怖くて入れないお店の忘備録。


新宿区にも、かなりパンチのある店が残っています。どうやって経営が成り立つんだろう、そんな余計なお世話を焼きたくなる店がたくさんある。

いつか入りたい、でも入ったらどうなるのか。


そんなお店のリストです。


新宿区西新宿 十二社通り沿い
「フレンド」



明朗会計、飲んで食べて歌って男性3,000円と、夢のようなアプローチ。
「フレンド」のロゴが何とも言えない華やかさを演出しています。

似たアプローチの鎌倉のスナックに入ったことがありましたが、赤いビロードのソファにシャンデリア、デブの親子が経営なさっていました。野菜炒めが出てきたりして、きっとこちらもそんな感じなのか。

ああ、入ってみたい、、。




新宿区歌舞伎町 しびれるキャバレー
「ハッピィ日の丸」




しびれたい。僕だって痺れさせてほしい。ハッピィ日の丸、何てハッピィなネーミングなんだろうか。

いつもおじさんが立っていまして、呼び込む訳でもなく、少しだけ会釈はなさる。かといって呼び込みはしない。

一度、キャバレーを探している風にキョロキョロ歩いたんだけど、それでも呼び込まれなかった。(何やってんだか)

この方も既に、痺れてんじゃないだろうか、、。

夜には黄色い電球が光り、凄まじく怪しい雰囲気になります。汚れきった電球は半分くらい死んでいて、幾何学模様を織りなしています。


いつか行ってみたい!シビれたい!



新宿区歌舞伎町 居酒屋「アルプス」




勝手口のように見えますが、ちゃんとした正面玄関です。


入った事がないので、壁面から読み取るしかない。

謝恩セールとして、手羽先唐揚げ60円、ハイボール130円とあります。何と!僕の大好物のサイゼリヤ、ピリ辛チキン手羽先よりも安いじゃないか!心ゆくまで酔ってみたい。アルプス。


従業員急募、とあります。いいなー。僕もアルプスで働きたい。

ロゴの「ス」の文字だけが上に上がっている。もしかしてア→ル→プ→ス↑と音律を上げて読むのかもしれない。

大きく育った樹木が、店の歴史を静かに語りかけています。




新宿区歌舞伎町 ジュース屋 「マルス」




マルスとは仏蘭西語で火星の意味。しょうじくんの飼ってるワンコと同じ名前だ。

見た目は戦前の文化住宅のような、何とも暖かな雰囲気の店ではないですか。

屋根に「天然果汁ヲ作ル店」と何故か片仮名でプリントされています。そのまま「チチキトク スグカヘレ」と続けたくなります。

ここは何度も入ろうとしたんだけど、中を覗くと人の気配が無かったりする。

急いでる時に限ってお客さんがいたり。とにかくご縁がなかった。

ジュース、一体どんなラインナップなのかぁ、、。

天然果汁を作るって、絞ってるだけじゃん?なんて野暮な事を思ってるから僕は入れないのかも知れない。


、、、という訳でこのブログを書いたのをキッカケに、このマルスに潜入してみたいと思います!!

レポートはこちらに加筆します。お楽しみに。♪(´ε` )



そのうち歌舞伎町ツアーしましょうか。

「マルス」でジュースを飲んでから「アルプス」で食事、「フレンド」で歌って「日の丸」で大人の楽しみ!なんてツアーやりましょうかね。

( ;´Д`)



昭和レトロ探訪 歌舞伎町の屋台





レトロ探訪の前に。


今日はフラッシュライトの最終取り付けでした。

シールを貼ってチェーンを付ける。それだけなんですけど、位置など中々難しい。



アプローズ(拍手!)これが、、




チェーンを引いて半回転させると、、、




文字が「ノーフラッシュ」に変わります!!(笑)





やっと取り付け終わりました。ああ、スッキリ。

本当はチェーンでなく、歯車を組み合わせてハンドルで回転させたかったんだけど、ノウハウが無いのでいずれかの機会に。

試運転を経て、リムの所にワセリンを塗りたくって滑りを良くしました。何でもやってみないとわからない。

ただ、フラッシュ焚かれたからといって闇雲にこのライトをバシバシONする訳にはいかない。もっと大らかに、しかも笑ってもらえるようにタイミングよく使わないといけない。
元々、英語が苦手で付けた装置。よりコミュニケーションが円滑に行くようでないと本末転倒になってしまいます。

さらなる工夫が必要。



さて、作業後の寒い夜道は屋台のラーメンなど喰らいたくなります。それが人の情けと言うもの。

僕が子供の頃はまだ、屋台を引いた叔父さんがチャルメラを吹きながらラーメンを売りに来ておりました。確か400円。

きちんと瀬戸物の丼にはいって、ナルトもチャーシューも入っていた記憶があります。

昼はロバのパン屋、夜はラーメン。おねだりしても買って貰えない、二大メニューでありました。(両親は経済観念が強かった)

毎日通勤途中に通る、歌舞伎町は区役所の斜め向かい、ミスタードーナツ前の屋台。





何百回と見送りつつも、やはり無くなってからでは遅い。やっと勇気を出して入ってみました!!

親爺さんはオルテガのインディアンジャケットを着た、ブルースシンガー風の人。

あれ、なんか違うなぁ。

こうでないと。




まあええわ。味が命です。僕はメンマラーメンを注文。

900円!!高いな。

中々本格的であります。きちんと湯気が立っていました。(過去の屋台はヌルい記憶しかない)

そしてかなり清潔であります。



出来ました!!




味は旨い。スープも火傷するくらい熱い。けど麺が柔らかい、というよりフニャフニャでした。そこまでは要求してはいけないのか。

ラーメンより情緒を喰らうのが屋台なのかも知れません。


もうすぐ春ですねぇ。屋台のラーメンもそろそろ終わりかな。

少し名残惜しい気分であります。


明日は店で弦楽四重奏の練習。ああ、楽しい毎日です。

平凡ながらも幸福な日々に感謝。




昭和レトロ探訪 救急箱の中身

ヒステリーも収まりかけたその頃、夢の中に育った実家で救急箱を開けるシーンがありました。急に気になって仕方なくなった。

何でそんなものを思い出したのかもよくわからないけど、まさか修復とか治療とか、そういうキーワードなのか?!


まま、思い出すまま。実家の冷蔵庫の上にあった汚い木の箱。今思えばかなりノスタルジックな箱でありました。


何が入ってたっけ、、。



まずは体温計。モチロン水銀のガラス管のヤツですな。よく振ってから、脇の下に。

小学校の頃にどうしてもドッチボール大会を休みたくて(理由は察して下さい)仮病をしようと考えた。何を思ったのか炊飯器の中のご飯に突き刺して母に差し出したら42度に達して病院に担ぎこまれるという甘酸っぱい思い出もあったな(汗)






定番の赤チン。何でこんな赤い色なんだろうか。しばらくしてマキロンという無色透明な新興勢力に押されて我が家では見なくなりました。







マキロン、今でも使ってます。






マキロンと同時期に、我が家で万能薬と持て囃されたクロマイ。父は何かあると「クロマイ持ってこいー!」と号令を掛けておりました。こちらも今でも使ってます。






そしてバファリン。半分は優しさで出来ています。僕はあまり飲まなかったけど、常に買い置きしてあった印象。

今思えば、母と双子の姉の生理痛の為だったのか。







誰が飲んでたのかね、龍角散。臭かった。きっと15年くらいは経ってたはず。ひょっとしたら未だに入ってるかも知れない。







綿棒。うちの家庭では今みたいにバンバン使える代物ではなかったです。薬を付けて傷に塗る、みたいな使い方だったなぁ。なので今でも綿棒を贅沢に使えません。片方だけ使って、、汚いなぁ。








イチヂク浣腸。これも入ってました。可愛いのにどこか恐ろしいフォルム。一度だけ、保育園の頃に父に突き刺されました、、。

今もラインナップが増えてのロングセラー。






タイガーバーム。きっとお土産に頂いたんでしょう。龍角散と共に強烈な匂いを発していました。僕は一度も使ったことない。
物心付いた折には、何かのエロい薬だと勘違いしてました。(笑)
虎のマークが精力増進のイメージに見えたのか。いやはや、恥ずかしい。








救急箱ではないけれど、熱を出したら氷枕でした。これ好きだったなぁ。
小さい頃に高熱を出した時にどうしても喉が渇いて、中の水を飲んだ事が有ります。冷たくて美味かった。

ってか変な思い出ばっか。(´・_・`)








医療用品は機能的でどこか冷たくて、何かワクワクさせられる匂いがあります。子供が近づけない、キリッとした空気に惹かれたのかも。


怖いといえばシュガーカット。甘い中身に反して、なんであんな怖いデザインを選んだんだろうか。







母親はこういうものが好きでした。ミキプルーフやら養命酒やら片っ端から買ってきて使ってました。これらはその後の強制玄米食化へと連なります。



しかし我が家には、これらの医療用品を凌駕する、強烈な特効薬がありました。

その名も「キュウリの腐ったん」です。
(京都弁の発音で)


アヲハタなんかのジャムの空き瓶にキュウリをブツ切りにして入れて常温で放置すると、2週間程で茶色の液体に早変わり。跡形もなく液体になります。


これを火傷や擦り傷の幹部に塗るとあら不思議!綺麗に治るのです。

鼻が曲がるくらい強烈な匂いでした!

これは中学くらいまで有りました。どこの家庭にもあると思いきや、ウチだけだった事にビックリ。


懐かしいからまたやってみようかなぁ。

ネットで調べたら使ってる人がいらっしゃいました。製作途中をアップされてました。







うーん、やっぱ止めた。(汗)




昭和レトロ探訪 東京たてもの園



経済の事が頭から離れず、柄にもなく難しい本など朝まで読んでしまい、(しかも意味不明)ちょっと腐りそうなのでここは気分転換。

眠いけど無理して小金井にある江戸東京たてもの園に行ってきました!


そう、モヤモヤする時はレトロなのです。僕にとっては、焼肉でもなく、カラオケでもなく、テレビゲームでもなく、何をおいてもレトロなのです!



というわけで到着。始めて来た、この駅。上京15年、東京はまだまだ広いぜ。




駅からさらに歩きます。なんて気持ちいいんだ。全て桜。これは春に来なきゃいけないな。



昼間に歩くのは久しぶりです。


かなり歩いてやっと着いた!一般にはバス推奨らしい。

この建物自体が、皇紀2600年(昭和16年)の式典で皇居前広場に建てられた会場を移したもの。




なんでも、江戸から昭和辺りまでの建物を移築保存しているらしい。3年前くらいから来てみたかったんだけれど、随分時間が経ってしまった。




中は三つのパートに分かれているようだ。

田園調布の家。大川邸

大田区田園調布四丁目 大正14年




何と言うか、贅沢な作り。可愛いし、いい匂い。あー、キュンキュンする。



向かいは写真館。んー、堪らん。

常盤台写真館

板橋区常盤台一丁目 昭和12年





他には関東大震災辺りの町並み。





建物の写真を撮るの忘れてますが、乾物屋さん 。

大和屋本店

港区白金台4丁目 昭和3年



醤油店 小寺醤油店

港区白金五丁目 昭和8年




文房具屋さん 武居三省堂

千代田区神田須田町一丁目 昭和2年

左から二番目の建物






金物屋さん 丸ニ商店

千代田区神田神保町三丁目 昭和初期





んー、建物は素敵なんだけれど。なんかこう、生活の匂いがしない。さっきまでお帳場に婆さんが座ってたような設えをしてくれたらもっと感情移入出来るのに、、、。生意気だけどディスプレイ、僕にやらせて欲しい。

飲みかけの番茶とか齧った干し芋とか、凹んだヤカンに茶碗、台所には晩御飯に使う竹の皮に包んだかしわや青菜、旦那の読みかけの新聞とか上手く散らかして、当時の匂いを再現したい。させて。


子宝湯

足立区千住元町 昭和4年


今回一番見てみたかった。唐破風、格天井など贅を尽くした作り。溜息が出ます。



男湯は左手に。



おー、素晴らしい。脱衣所は微かに石鹸の匂いがします!!瀟洒なシャンデリアが泣かせる。



折角なので入ってみた。




いい湯だなぁ。




あー、何してんだろうか、ワシ。(もちろん一人です)

気を取り直して。




村上精華堂 化粧品店

台東区池之端二丁目 昭和3年



中では化粧クリームなとを作る行程が再現されております。なかなかレトロで(というかザルやバケツで、かなり不潔そう、、)興味深々。


時代が逆行しますが、、


天明家 大田区鵜の木一丁目 江戸時代後期

江戸時代後期の名主を務めた旧家。ここは何ともド迫力!





上記の通り、現在の大田区鵜の木一丁目という辺りにあったらしいんですが、自分の土地だけを歩いて蒲田駅前まで行けたらしいとの事。近辺の遥か見渡す限りの土地を所有なさってたんですって。

左上赤いピンから右下の蒲田まで。スゲー!



その割りにはシブいご自宅。板張りの囲炉裏のある広間と小間が続き、奥は畳張りの書院。ただし此方はお殿様用だとの説明が漏れ聞こえます。

書院からは小堀遠州の庭園が見えました。(見入る婆様に遠慮して写真はなし)



囲炉裏には火が入れられ、お茶を振舞って下さいました。これは囲炉裏の煙により防虫効果を狙ったもので、建物の維持に必要な作業らしい。大変だけど羨ましいなぁ。焚き火の匂いが堪らなく懐かしい。

僕的にはここが一番のインパクトでした。こんなところに住めたらなぁ。




いやー、まだまだ見ていない建物も沢山。これはまた来なくちゃ。

入場料がたったの400円。奥さん、これはお得ですよ。

ネズミーランドもいいけど、こっちの方が安くて空いててデートにはいいですよ!

何と園内にはレストランと(カレー、ハヤシライスなどです)うどん屋があるのです。

わたくしは園にいる時から、無性に鯖寿司が食べたくなり、何でかなと考えながらも家の近くのスーパーまで我慢して、今家で食べながらブログを書いて居ります。

何で鯖寿司かね?としばらく考えていましたら、昔家族でピクニックなんかに行く時、必ず母が鯖寿司を作ってくれていたんですね。思い出しました。

鯖の身を薄く削いで二倍の分量を賄うので、売ってるもののような豊かな鯖寿司ではありませんでしたが、その分塩と酢がよく効いておりキリッと旨かったんです。


今日みたいな秋晴れの日はピクニック日和ですからね。思い出したのも納得です!


母親の鯖寿司が食べたくなった、、。




わたくしは明日までお休みを頂いております。2日も貰うと悪い気さえしますが、折角だからどっか行こうかな。






昭和レトロ探訪 葉山御用邸前の某食堂


今日は葉山に来ております。毎年恒例の海のそばのカフェでピアノを弾く、夏の行事。

葉山に行く日には店に泊まってから参ります。どうやって泊まるかってですか?

それは店の床にピクニックシートを敷いてですね、、。(以降、自己規制)


何だかんだで昼過ぎに葉山に到着。



カフェでピアノを弾きます。ひたすら、ダラリと弾きます。これがなかなか良い。

新宿とは違う緩い空気がそうさせるのか。あらゆる物質の分子が軽やかなような、そんな感じさえする。


こちらのピアノは僕の自宅から移動して持ち込みました。かなり軽い音です。






さてさて、某食堂。

カフェから歩いて1分の所にあります。かなりの年季の入った外装。

気になり出してから既に四年も経ってるもんね。いつもの「また通ったら」では間に合わない可能性の方か大きい。ので意を決して入店。

こんなに暖簾が重く感じる事もそうそう無いのだが。




入ると、老夫婦がこちらを一瞥、ゆっくりと立ち上がられた。

こんな事言うのも憚られるのですが、かなり面倒臭そうにお見受けするし、かすかに「あーあ」、と仰ったような気もする、、、


そう、レトロ探訪はこうでないと!


店内盗み撮り。おー、年季入っとるなぁ!




黒板には手書きメニューの数々。しかしここはやはりラーメンと行きたい所。

僕にとって、老舗のお店を訪れた時には必ずラーメンかカレーをお願いすることにしている。これはレトロ探訪に共通する一つの試金石であり、ある種の儀式でもあるのです。


待つ間に店内を見回す。うぉー、汚いぬいぐるみが、、、。これは食欲失せるなぁ

(´・_・`)





瓶ビールを注文。否が応でも期待が高まる。

厨房からネギを切る重い音が聞こえてくる。まるで老婆が何か怖いものを切っているような、「ゴリッ、ゴリッ」という鈍い音。わはは、まさかね。



そしてお待ちかねの、、、ラーメン!






出汁は東京風の醤油味。麺はコシのある縮れ麺。懐かしい味。

しかし、、ほうれん草が酸っぱい、、。あれ?と言うわけでもう一口。あわわ、やっぱ酸っぱい。腐ってた。


ビールでアルコール消毒、って何やってんだろか。



うーん、夏場はレトロ探訪控えようかなぁ。(笑)


さあ、戻ってお店開けなきゃ。


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