初の迎賓館と寿司屋の主婦




昨日のモヤモヤした気持ちを払拭すべく、一年越しの目標であった迎賓館へと向かいます。


まずは住まいの契約更新にて高田馬場の不動産屋さんへ。

そのまま自転車にて、港区まで。





日程によって細かく別れた参観予定。今日は平日なのでそのまま入れます。


塀沿いに歩いて、、、




西門から入ります。入場料は1000円なり。



凄い音がする!!何だろうか?




敷地の中に首都高が見える穴とかあります。結構カオスだな。




そして、目的の迎賓館。






ひー、まるで西洋に来たような景色。早く来れば良かった。





内部は撮影禁止なのですが、こんな感じになっております。















中でもこの花鳥の間というのが大好物。ウッドパネルで重厚な感じが僕の琴線を擽ります。












いやー、来てよかった。特に花鳥の間が良かったな。


団体さんが少ないらしい、朝にまた来よっと。








で、前庭にてお散歩。





ぼくの迎賓館の印象は、意外と小さいのです。国会議事堂位あるのかと思いきや、全然小さい。


敷地は東京ドームの倍くらいらしいのですが、建物は、、綱町の三井倶楽部とか、上野の岩崎邸くらいしかないんです。もっと大きな、伊勢丹くらいあるもんだと勝手に思ってましたが、意外とこじんまりまとまっていました。


よくある写真だと横に長いのでななり大きく見えますか、奥行きがあまりないのかな。






鑑賞を終えてチャリで走る。新宿区若葉に素敵な茂みを発見する。





何だっけ、と近寄ったら






フランス料理のオテルドミクニだった。


そうか、ここがそうなのか。凄い樹木だこと。はぁー、流石ですわな。いつか、、、うーん、ご飯は気楽な方ないいな。



その後、四谷にてチェーン展開してる回転してない落ち着いた感じの某寿司屋に勢いで入る。


特にどうしても入りたい訳じゃなかったんだけど、何となく。





川越に行った以来のご褒美ランチ。ここでもビールに始まり、日本酒をガブガブ頂く。最近ご褒美が多い気がするけど、まあいいとする。


日本酒4合を過ぎた辺りで隣にいた奥さんと会話する。

法律関係の仕事をする70代後半の、とても活発な女性。2時間は話したかな。


女性がぼくの心を知ってか知らずか、「苦手な人って必ずいるわよねー。でも、そういう人が少しはいないと詰まらないのよ、人生は」





うん、そうですよね、そうだよな。


その言葉だけで、来た甲斐があった。


自分で整理できてる筈なのに、人から、しかも初対面の方に言われるとやたら腑に落ちて楽になる。神様かと思ってしまう時すら。



何なんだろう。たまたま僕が敏感になってんのかな。


にしても、寿司屋のタケノコと桜エビがやたら美味しかった。


春を通り越して初夏の陽気ですもの、参ります。


もう少し春で居させてください、、、。





故郷は遠きにありて、、



博多にて、2日目の夜に、とてつもないホームシックに襲われました。41歳にもなって、まだまだホームシックが起こります(笑)



中洲の辺りをブラブラ歩きながら遠い新宿の我がお店の事を思い出しました。

あれでいいのか、あそこはどういう風にしたらいいのか、なんて考えながら、見知らぬ街を歩く。遠くにあるけど今すぐ行けない。だからこそ、よりクリアーに見える。



翌日帰ってお店に戻ると、見飽きた筈のお店が45度くらい違う景色に見えました。思ったより狭くて使いやすく馴染んだお店に見えたのです。


これぞ旅の醍醐味!遠くから帰ってくるとお家や職場が少し色が違って見える事ってないですか?

僕は敏感にあります。帰り道を少し変えただけで、いつも見慣れた場所が違って見えたりします。


その夜、営業をしていて何気なくピントが合いました。昔の店の慣れたあの感じです。



全ての空気が手の内にあるような、一言で言うと近い感覚。そこには一切ストレスがなく、落ち着いた優しい気分を味わいました。


改装を初めて4ヶ月、自分の違和感を取り去るためだけに進めた工事は、とても辛いものでもありました。


前のお店をご存じない方には申し訳ないんですけど、例えると生まれ育った木造の古い家を去り、ピカピカの新居に移り住んだは良いけど今までの染み付いた思い出や匂いや傷が全くなくて、なぜか落ち着かなく夜眠れなかったりするあの感じ、です(わかるかな?)


たかが建物、と思われるかも知れませんが、僕の仕事に取っては最大の障害となりました。

でも、その心配もそろそろ終わりに近づいています。


東京に戻った夜のこと。お客様は10名くらい、バラバラのご来店でした。

皆さんホームパーティの後半のノリでのーんびりダラダラと小声で盛り上がっていました。好きに席を移って、ピアノの鍵盤の所だったり、ソファだったり、好き勝手にくつろく姿。

そう、これこれ!このバラバラで一緒な感じ。





工事はまだ続きます。もっとお店を暗くして、カウンターの上に光源を取り付けて手元のみ明るくしようかと思っています。


夜中はもっと暗くても良いかと思います。最低限の明るさをもって、落ち着く空間にします。
こちらはかなり時間がかかるかもですが、ご期待ください!




ベランダの植物も、バンバン芽を出して来ました。今年は2年目、パワーが違います。きっと爆発的にワサワサになると思われます。

お店のネタばかりで申し訳ないのですが、自分のお店が好きすぎます。子供であり作品であり、仕事というより趣味です。


よそのお店のかたは、自分のブログでこんなに空間のことをしつこく書いたりしないと思います。きっと、新メニューとかイベントの事が多いでしょうね。

でも僕は僕で、自分のオタク根性丸出しでまだまだ参りたいと思います。


ドアを開けて、どこかに座った瞬間に「うわ〜っ」と思わず声が出るような懐かしくて居心地のいい、暖かな空間を作りたい。もちろんそれは自分目線なんですけど。
お年寄りが作る、5円玉を繋いだ五重の塔みたいな感じでしょうか、、。他人が見ても出来栄えとかよく分かりませんが、本人が元気そうならそれで、、みたいな(笑)







また続きはこちらで、、。

藤村俊二さん、ありがとう



2/5(日)は、横浜にて用事がありまして、オープン時間が22:00頃になってしまいます。

あまり遅くなるようでしたらクローズしてしまうかもですが、なるべく開けたいと思っております。もしいらっしゃる場合にはお電話を頂ければ有り難いです。

申し訳ありません、、。




藤村俊二さん。お亡くなりになりました。

僕には一方的に思い出がありまして、今から20年くらい前の事、22歳位の頃に青山の藤村さんのワインバーに連れていって頂いた事があります。

広いアンティーク調の店内はシックな内装で統一され、西洋のお屋敷のようでした。

そのフロアを所狭しと凄いエンターテイナーなオール男性のスタッフさんが7.8人いらして、各テーブルを文字通り沸かせていました。

色んなタイプのスタッフがいらして、若いのからお年を召した方、どう見てもモデルのような美男子から、ポッチャリしたパヴァロッティ似の日本人離れした陽気な方など、まるで舞台の上のバーのシーンのようでした。

各テーブルは、ワインを嗜みながら、どちらかというとスタッフが繰り広げるエンターテインに夢中という感じで、しかもそれがさり気なく、粋な感じ。

家に暖かくお迎えしているような自然な雰囲気なんですよね。

当時、大阪は心斎橋のど真ん中で馬車馬のようにカフェで働いていた僕は完全にノックアウトされ、藤村さんのお店に一瞬で魅了されてしまいました。


お客様は、余裕のありそうな穏やかな大人ばかり。テレビで見たことのある芸能人が15人位いらして、ミーハーな僕は東京の凄さに圧倒されてしまいました。


確か、店の奥にアンティークのアップライトピアノかあり、世界で二台だけのモデルかなにかで、一台は皇室にあり、ここのは黒澤明さんから譲り受けたとか何とか。


完全にビビってお漏らし寸前のその時、藤村俊二さんが現れました。


イギリス紳士のような渋いジャケットに身を包み、白いひげを蓄えた彼はすべてのテーブルをまわり、挨拶をなさいます。

もう、格好いいのなんの!!


遂に僕のテーブルまでいらっしゃり、僕の目をじっと見つめて「素敵なお髭ですね。とてもお似合いですよ。今晩はどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。」と丁寧に、笑顔で仰る。


ギャー!!



店内は元々、大人な空気というか、エレガントな雰囲気この上ないんだけれど、藤村さんが通り過ぎた後には、さらに優雅な空気に満たされ、まるで魔法がかかったみたいだったのです。



その後、お客様がテーブルを跨いでお話を始める。いわゆるサロンのような素敵なノリに。


いい人が集まる空間には、素敵な空気が漂います。


その中を颯爽と走り回るギャルソン達。藤村さんはいつの間にか居なくなっていました。

おもてなしってこういう事なのか、と心から関心してしまいました。



当時の僕の心斎橋のカフェは、ほぼ全員が女性のお客様で、とにかく混んでて忙しかった。

ただ走り回って飲み物とデザートを提供するだけの毎日を過ごしていた僕に、本物のサービス、心意気を教えて下さったお店でした。


その後半年くらいして上京することになり、奇しくも藤村さんのバーから歩いて10分位の場所のお店のマネージャーになるのですが、経済的に激貧だったのでなかなか再訪する事が出来ず、ずっと気になっていました。



そうしたある日、青山墓地の辺りを自転車で走っていた所、黒塗りのオースティンが信号で止まりました。

ロンドンで走っているタクシーの、あの車です。

中を覗くと、忘れもしない後部座席のベージュのソファの真ん中に、藤村さんが座っていました。


素晴らしいデザインのジャケットにシャツで、その色が薄い桃色。どう見ても英国紳士のようでした。


目が合いまして(こちらがガン見してただけなんだけど)会釈して下さいました。


ギャー!ギャー!!!





お店自体は2010年に閉められたとの事でしたが、やはりもう一度、無理してでも行くべきだったのか。それとも一度きりにして心の奥に閉まっておいたから良かったのか。

今でもわかりません。



ともあれ、クソガキの僕に、大人な遊びとは、おもてなしとはを僕に教えて下さった大切な方でした。



ググったらお店のお写真が出てきました。





あー、懐かしい。素敵な場所は人が作るんだな。


オヒョイさん、ありがとうございました!









看板を乗り越えて!




週末のバタバタが終わった深夜の時間帯のこと。

お見かけしないお二人組が入って来られました。オシャレで大人しそうな雰囲気。好感持てますw



聞くと、もちろんゲイの二人組なんだけど、新たな飲み屋を開拓しようということでキヌギヌまでいらしたんだけれど、入口の「いちげんさんお断り」の看板を見て、3回帰られての4回目のご来店だとか。



いやー、有難いし、申し訳ない。


看板を乗り越えていらして下さった瞬間は感慨深いものがあります。シンプルに嬉しい。



その後にも初来店のお二人組み。同じくオシャレで穏やかな方でした。居合わせた人でマジメに、かつ砕けた雰囲気で、他愛もない馬鹿話をボソボソ繰り広げました。

そう、これこれ。これなのよ。




「いちげんさんお断り」看板は、いきなり初対面の泥酔した騒がしい人が入って来られても困ってしまう時の、僕の為のものなんです。




今まで、色んな理解を超えたお客様がいました。よそのお店の経営者さんは今までそんな人は居ないという方も居ますが、僕のお店に変な雰囲気があるのか、僕が神経質なのか(多分両方だけど 笑)結構な割合でトラブルもありました。



動物園感覚でゲイを見に来るストレートのグループや、騒がしい女性のチームや、品定めしてくるようなプロっぽい方も苦手です。



要は僕はビビリなんです。他の店主さまよりもお客さんが怖い。(笑)









そこに看板があると、僕は「そのような事情により、ゴメンなさいね、、」とお互い傷つかずにお断り出来ます。





矛盾していますが、コンセプトを理解して下さる大人な方は、どうぞ看板を乗り越えていらして下さい。僕はニヤッとお迎えしますw


京都らしい二枚舌な作戦かもしれませんし、解りにくさこの上なく感じも悪いですよね。重々承知の上です。




でも、そういう曖昧なルールが僕の性に合っています。


「はぁ?何様だよ?(´・_・`)」って思う方の方が多いと思います。

せっかく行ってやろうって言ってるのに何だよ、と。


だけれど、僕だって売り上げ捨てて未だに突っ張ってます。

でも、この方法がいちばんしっくりきました。もう長くこの方法を続けてきました。




僕のお店の一番の価値は音楽や内装以前に、素敵な思慮深いお客様が集ってる、という事に担保されていると思います。

それさえ守れれば、後は楽しむだけ。




話をまとめますと、いちげんさんお断りの看板はあるのですが、気が合いそうな方なら入れますよ、というお話でした。

どうぞ、気になる大人のゲイの方、怖がらずに開けて入ってきて下さい。(・Д・)ノ



僕がもっと成長するまで、まだ暫くこの極めて曖昧な方法でやらせて頂きたいと思います。ビビリですみません。











解りにくい京都出身の店主より











いいお天気ですこと



年が明けて暫く経ちましたが、今年もよろしくお願いします!


年明け、バタバタしてしまいまして更新が滞ってしまいました。(今朝書いた変な小説モドキは恥ずかしくて耐えきれずに消してしまいました、、。)

ブログもぼちぼち書いて参りたいと思います。また書きたい事が溜まってきました。



神田川の桜も芽を硬くして春を待っております。



四月にはお店の12周年の企画も考えねばなりません。


そろそろ動き出します!


寒い日が続きますがお風邪などひかれませんよう、、、。



シンスケ





その後、、





冬の晴れ間に、ポカポカしたベランダにてブログを書いております。


自転車事故のその後です。

事故のお相手の方は昨日、集中治療室から出られて一般病棟に移られ、引き続き入院となられました。

事故以降、三日とも病院にお伺いしまして、ご家族さまともお話をさせて頂き、少しずつではありますが先へと向かっております。

そして、もしや、と保険会社に問い合わせてみると、自宅の火災保険の特約の個人賠償保険に加入していたようです。

僕が払う賠償に対して最高1億円、示談スタッフもついておりまして既にその方が動いて下さっております。これには助かりました。


あとは何よりも、先方さまが快方に向かわれるのを祈るばかりです。

僕もここへきてかなり心が落ち着きました。


何より事故に合わないように気をつける事が大切なのですが、それはとても難しい事かもしれません。自分の力ではどうにも防げないような事がたまに起こります。



あまり今は色々と書くつもりはないのですが、何はともあれ保険は大切だなと思いました。

今年は入院保険と店舗のドアを壊されたお客様についての対物保証、そして今回の、合計三回も保険会社さんにお世話になってしまいました。

入っていなければ、ちょっと年は越せなかったかも知れません。



どうかみなさんも、保険だけは今一度ご確認下さいね!



伝説のママ現る!



終戦間もないその昔、新橋は烏森神社の境内に小さなゲイバーがありました。やなぎ、というお店です。

やなぎのおしまママは銚子の漁師の息子さん。軍を退役してからしばらくして、銀座のブランズウィックというゲイバー(美輪明宏さんがバイトしてた)で出会った料理人と2人でメシ屋でもやろうということになり場所を構え、カレーやカツ丼などを出すお店を始めたそうです。

当時はヤミ物資で営業する事は表向きには禁じられていたので、弁当箱に詰めて提供し、お客様が持ち込んだ風にして出していたそうです。



持ち前のオネエっぷりが出てしまうのは仕方なく、そのうち薄化粧でお店に出るようになり、どんどんその気のある進駐軍が集まるようになりました。


そこで、おしまママはゲイバーへと路線変更し(かなり急展開)従業員を2人雇い入れることにしました。


後に青江のママ、吉野のママと呼ばれる2人のゲイボーイです。

青江のママ(後年、左)





吉野のママ





2人は遊びに行けないように店の二階に住まわされ、昼も夜もおしまママと共同生活。
昼から仕込みをして夜はお店は目の回るような忙しさ、その後は進駐軍をお客としてとらされそうです。この辺りは本にも書いてあるので書いてもいいかな、と。また後ほど。


接収が解除され、街から進駐軍が去る。一夜にしてお店は暇になり、閑古鳥が鳴く。そこでおしまママは一計を案じます。

新橋の芸者さんに古い着物とカツラを貰い、それを着て宣伝のために銀座を練り歩くのです。

街行く人は「新橋のおかま茶屋から変なのが来た」と驚くのですが、おしまママの目論見は見事に当たり、お金持ちや趣味人で大繁盛。

そして、満を辞しておしまママは新橋から銀座に移転します。
西洋のお城のような内装に大理石のトイレ。青江さんと吉野さんはトイレを見て「これ私たちが体で稼いだヤツよ!悔しいわ!!」と2人して便器を壊そうとしたらしい。

料金は当時の大卒初任給の数ヶ月分という恐ろしい値段にもかかわらず、世界中からVIPが押し寄せます。石原裕次郎に長嶋茂雄、イブサンローランやらピエールカルダン。



ある日、お客さんがチップをやるよ、と言ったそうなのです。そうしたら着物の袖に入りきらない程の一万円札が詰め込まれた、とか。


往年のおしまママの指には碁石くらいの大きなダイヤモンドを両手に7つくらいしていた、とキヌギヌの年長のお客さんが話していました。


流石です。


その後、青江さんは独立し、銀座に青江を出店。乗りに乗ったその後は鎌倉やパリにもお店を出します。パリのお店は目玉が飛び出るほどお金を使ったそうですが、それはまた次回。

カルーセル麻紀さんも一時、パリ店にも在籍していました。


カルーセル麻紀さんもエピソードが凄くて、時代は下ってバブル前夜。

あるお店にどうしても逢いたいというお客さんに頼まれ、5分だけ顔を出したらチップが400万だったとか。


日本は今と違い、長らく狂った時代が続いていたのですね。羨ましいというか、なんというか。



かたや、吉野のママも銀座にボンヌールという店を、そして六本木に吉野、というお店を出します。そちらにも世界中から沢山のお客さまが押し寄せたそう。


おしまママも青江のママも他界され、今「やなぎ」を知るのは吉野さんと新木町のこけしさん、銀座の春駒姐さんくらいとなります。やなぎ最若手のゴールデン街の真理ママもお店を閉められましたし、、。

なんで僕はこんな事詳しいのだろう、、?



その、吉野のママが昨夜ご来店下さいました!

御歳86歳。




僕にとっては徳川家康とか坂本龍馬と逢えたような嬉しさ。


オネエ戦国時代があったとしたら、おしまママは信長、秀吉が青江さんで家康が吉野のママかな。

とすると系譜的には吉野の流れで美川さんが秀忠、はるな愛が家光、、?違うな。

青江の直弟子、カルーセル麻紀さんが秀頼、、これも違うか。



大河ドラマでやってくれないかな、「戦国おねえ絵巻」とかって。


「秀吉殿!アタシのダイヤモンド返してよっ!」
「やだぁ〜、捨ててあるのかと思ったわ!ふん、屑ダイヤごときで何さ。」
「何よこのクソブス!あんたも信長みたいに火炙りにしてやるわよ」
「お黙り、この古狸!さっさと東照宮で埋まってな!」


みたいなの。

話を戻します。本やネットの中の活字で読んだあの伝説のママが僕なんかの店にいらしている。そして、また来るわね、と。

もしかして気に入っていただけた??

「アタシさぁ、新宿の店行くところ無いのよねぇ、みんな死んじゃって、、」


あ、なるほど。そーいうことかw


ともあれ、またバトンが回ってきたような気がします。

時代を切り開き駆け抜けた先輩と、まだまだ若造の僕のお店でお話出来る幸せ。

僕にとって、大先輩のひとつひとつの言葉には重みがあり、数々のご苦労やアイディアは手放しに学ぶものが詰まっています。

なんせ、敗戦から高度成長期、バブルまで全て見て来られて、何より商売を続けて来られたのですから。

僕の小さな悩みなんて毛ほどでもありません。

時間が許すならば、もっとお話を聞きたい。




さて、工事の続き。まだ終わらないw

チェンバロの上にお酒を置いてもいい事にしたのですが、やはり怖い、というご意見が。

そこで、こんなものを考えてみました。






鍵盤部分を透明な曲線のアクリルで覆ってしまおうというもの。これならこぼれても平気?とは言わないまでも、中の機械に影響は少ないはず。弾きたい時にすぐ弾けるスグレモノ。





こんな風になるか?


見積もりとっております。特注になるんだけど、意外と安いんですよこーいうの。アイディア次第ですな。


今夜日曜日は24時までの営業となりまーす。よろしくちゃん。




カネボウさんのパネル描かせて頂いたの巻



フェイスブックを始めて半年、バースデーも今回が始めて。LINEやら何やかんやで200件近くもメールを頂戴しました。毎年はパラパラ、位なんだけど。

本当にありがとうございます。ってか、凄いな、フェイスブックって。こんな数だとは。


一瞬お返事の数にクラッとしたものの、あまり沢山の方とやり取りする事もないので、このままにしてきちんとお一人ずつ返信することにしました。今書き終わりまして、凄い爽快感!

このままの勢いでブログも書きます(笑)


さて、実は5月末頃の入院前に、新宿のパークハイアットさんの季節のディスプレイの面接を受けてみないか?というお話を頂きまして、内緒でスケッチをゴリゴリ描いていました。

こんなのを25枚位。





上のがカウントダウンで、下のがイースター(復活祭)です。



言語を超えた洗練されたディスプレイを、との課題を。そんなの難しいわ(汗)

何とか総料理長面接まで行きましたが、少し違うよね、との事で見事に落選(笑)


でも、この頃にスケッチをとある会社の社長さんにお見せしており、それが今頃になってお話を頂きまして、、。

人生、種を蒔いたらどこで目が出るか分からない、、。σ(^_^;)

カネボウさんの化粧品の新作発表会のディスプレイという事で、テーマは「時間美容」。

時計のイラストがお気に入りだという事で、そこも膨らませてみました。



ただ、金曜の夜にオーダー頂いて、提出が月曜の朝10時。土曜の営業が終わったらそのまま流し素麺の準備があり、日曜日も24時まで営業。まともに描けるのは3日で8時間くらいしかなく、、。


ええい!っと引き受ける。
テーマは自由で、時間軸を表すようにとのことでしたので、先ずは下書き。



こんな感じかね、、。





世界堂で買って来たケント紙に書き写す。書くたびに全然違う(笑)




実は恥ずかしいんですよ、こーいうのアップするの。



他にも時計のやつ。積み上げてみました。






で、部分的に水彩で色を乗せて完成は昨夜。

こうなりました!












お受けしておいてこんな事書くのは何だけれど、やはり絵なんて素人が軽々しく手を出すもんじゃない。

構図とか全体のバランスが全然なっていないし、、、。本当はもっと時間をかけてしっかり描きたかったのですが、言い訳しても仕方ない。


いつもは何かの説明にイラストを好き勝手に描いて、「企画書にしては味があるね〜」なんて褒められていい気になっていたけど、実際お仕事となると白紙に線を入れる事がどれ程重い事なのか、重々思い知らされました(汗)


僕はいつもそうなんです。バーやってる中では割と器用に弾くピアノもそこそこ、チェンバロもイラストもそう、何でも片手間だから好き勝手にやれて、褒められる。自分の陣地から出ずに、卒なくズルいやり方でやって来てました。お得意の抱き合わせ商法です。もしかしたらブログもそうかもしれない、、w

(別に自己批判して落ち込んでる訳ではないのですよ)

本業の方の集中力とか、準備を思うと頭が下がります。


とはいえ、、、またチャンスがあったら描きたいw


自分の頭の中にある事を何かを通して外に出す作業は、本当に素晴らしい行為です。


とはいえ、お金を戴くにはまだまだ早いよな。

時間が出来たら店のための紙芝居を描いてみたいのです。シュールでホロっと泣けて、各所に笑いがあるようなやつ。

それに自分でストーリー考えて、ネームを入れて、弦楽四重奏で音楽付けて、照明と演出もして。(かなり欲張りですね 汗)



春くらいに間に合えば、12周年でお目にかけたいと存じます。


1つ終わったらまた1つ。次は森ビルさん関連のピアノのお話が来ております。

なんか最近、割と大手から引き合いが来ますが、何かこう、1つの形に落とし込めないかしら。

とはいえ、41歳(本厄)の抱負は


お店に軸足を置いた毎日

でございます。さっきも書きましたが僕の抱き合わせ商法、お店があって初めてのモノ。有難く務めさせて頂きます。


今週も変わらず週6日入っております。かなり慣れて来ましたが疲れもピーク。睡眠時間がグチャグチャで顔もむくんでいますが、それでもまだまだ行けそうです。

10月になったらプラス1日を頂いて実家の京都に帰ろうかと思いますが、なるべくお店はクローズしない方向で考えていますので、、。

引き続き宜しくお願い致します!

41歳になりました。



本日、41歳の誕生日を迎えました。


たくさんのメッセージ、本当にありがとうございます。

もうオヤジなのですが、全く自覚がありません。悲しいくらい、41年も歳をとった感覚がないのです。

自分の行動とか発想とか、そういった情緒の部分は中学2年くらいで止まっております。

とないえ、若々しいかといえばそうでもなく、、。

子供でもいればまた違ったのかな。まあ、いいや。





伴侶にかに道楽に連れて行って貰い、何といつものコースではなく、更に上級のコースをご馳走になりました!!


しかも、別で2つもカニ味噌付き。ウシシ。



熱燗は2合徳利、お風呂に浸かっております。予想通り5合頂きました。




店内では琴が流れる中、、、。(自分が音楽付き飲食やってる癖に、飲食している横で演奏が始まると嬉しくて仕方ない 笑)



タラバガニなどを頬張っておりました。




いやいや、ここは極楽か。
そして、素敵なネイビーのニットキャップを頂きました。

ああ、こういう予期しない、でも自分が好きそうなモノを頂けるのが嬉しい。


ありがとう、ずっと大切にします。




さて、子供の頃の僕も今と変わらず物欲の塊でした。コレクション癖というか、何だかんだ手に入れて並べたい欲が非常に強かった。

僕が生まれた1975年辺りの子供達の心を虜にしたファミコン、は結局画面上でしかないので僕はあまり興味は起きず、ゴチャゴチャしたディティールやキャラクターのモノに非常に惹かれる傾向がありました。


というか、貧しかったのと親の教育方針により、買ってもらえなかったんだけど。

懐かしのおもちゃを思い出してみました。

男子向け編


ドライビングマシーン



あー、懐かしい。頼み込んで小学校の誕生日に買ってもらいました。同じ絵がクルクル回るだけですが、何でか熱中しました。



変速機付き自転車





こちらも欲しくて欲しくて、大暴れして買って貰った記憶があります。でも今思えば、皆んな乗ってたから仲間に入りたくて欲しかっただけかも。
とはいえ仲間と変速ギアを駆使して、風を切って走っておりました。カゴには確か偽物ブランドのエナメルの白いスポーツバッグなど入れてた。無理してたな、僕。


スライム




どうしてこんな物が楽しかったのか思い出せない。ひたすら近所の高堂くんとコネコネして遊んでたな。飽きてきてフライパンで焼いて、変質するか実験して余りの異臭に怒られた思い出が。




キン肉マン消しゴム





大好きでした。銭湯に持って行ってひとしきり鏡の前に並べて遊んでました。肩車させたり、マティスの絵みたいに輪にしたり、色んな情景を切り取っては眺めていました。

そう、近所の子はキン肉マン消しゴムを手にするとすぐに闘いたがるのです。何かと粗野で暴力的だったので馴染めず、どちらかと言うと一人で遊んでました。

本来なら格闘技をする選手のおもちゃ、僕にとってはリカちゃんやバービーの変わりでしかありませんでした。



ピストルのおもちゃ




こちらも暴力系玩具。皆んなこれで銀玉を撃ち合っていました。お前らはギャングかと。

僕的にはこれで撃ち合うなどというのは恐ろしくて、これまた腰に付けてカウボーイの真似のコスプレアイテムとして使用。母のスカーフなぞを首に巻いて美しく取り出して構える、いわば様式美の為のツールでありました。



なんか走るやつ




二軒お隣の同じ年の山内さん(女)のを借りて走っていました。

山内さんは既に飽きていた模様。

僕も走るだけだとすぐに飽きてしまい、車体を裏返して糸車にして余った麻ヒモなんかを手繰るという気味の悪い遊びを発明して、山内さんと二人で遊んでました。(山内さんの家業が大きな梱包資材屋さんだったのでヒモが沢山あった)


山内さんのお家はとてもお金持ちで、白い外車に乗ったお父さんがかなりのアメリカ趣味でいらして、毛並みのいいコリーを買われていて、リビングには革張りのソファーと大きなテレビ、更に巨大な木目の冷蔵庫にはいつもファンタやスプライト、コーラが冷えていました。

彼女の部屋には恐ろしい量のおもちゃが置かれ、幼い僕は入り浸ってはほぼ毎日、山内さんとままごとをしていました。

なんというか、山内さんとままごとをしているとどんどんのめり込み、次第に二人の気持ちがシンクロするような錯覚に陥りました。それはお互い感じていたらしく、ひどい時は夕御飯を抜いて、二人でいろんな遊びを考えながら熱中した時間を過ごしておりました。
山内さんは僕に「結婚しようね!」と逆プロポーズをし、僕もこんなに気があうんだから、絶対に結婚しようと考えておりました。そして、二人で永遠にままごとをするつもりでいました。

僕の双子の姉と、この山内さんの影響で、この後、少女向け玩具にハマりまくります。


おり姫さま



姉の飽きてしまった誕生日プレゼントを奪い、母親に毛糸を貰って奇怪な綴れ織を製作していました。今でも思い出しますが、菱形と四角の組み合わさった見事な幾何学模様でした。



ママレンジ





近所の少し上の井上さんのお姉さん(山下達郎似)が段ボールでドドンと下さった要らなくなったおもちゃの中に、定番のこちら。

家にあるだけの小麦粉を使い、ホットケーキを何十枚も焼いて、家族を困らせました。余りの使用頻度にて伝熱部を焼き切り、故障させてしまったような記憶が、、。



こえだちゃん木のおうち




これもその段ボールの中に。もう、夢中で遊びました。スイッチを押すと木の蓋がボゴッ!と飛び出してお家になります。人形が付属してなかったので、あり合わせのキン肉マン消しゴムを入れてまた情景を作り、森のマッチョの館みたいになってました。




僕は、本当は山内さんと二人で女の子向けのキラキラしたおもちゃで思い切り心ゆくまで、ままごと遊びをしたかったのです。そこには理解されにくいかもだけど、自分らしい男らしさもミックスさせて。


山内さんの家でままごと三昧な日々を送れたのは確か小学校2年生位まで。

成長するにつれクラスの男社会に入らなければならず、段々と周りの目が気になり、山内さんを避ける事となりました。ゴメンなさい、山内さん。


子供とは残酷な生き物です。異物を見つけるとすぐに茶化して遠ざけ、虐める。

ままごとの何が悪いのか。



もしも願いが叶うなら、、。1日だけあの日に戻って山内さんの広い部屋でバービー人形やキキララ、こえだちゃんのお家にママレンジからあるだけ全てを床にひっくり返して、寝そべっておままごとをしたい。人の目も気にせず、ひたすらままごとをしたいのです。




BGMには何かの本の付録のソノシートから「白鳥の湖」のワルツを流しながら、、




熱中した状態で、指にはジュエルリングを装着して、、、





一度も食べることが叶わなかったアイス、宝石箱を味わって食べてみたいのです。






ああ、どうやったら叶うんだろーか。山内さん、、。


って、よく考えたら今の僕の店がそーいう感じだった(汗)




秋を好きになろう



気がつけば9月も5日も過ぎてしまいました。本当に早いですねぇ、、。


実は、秋が大嫌いなのです。冬になれば腹は括れるのだけれど、その過程が耐えられません。


夏は生命がギラギラ輝いて、春から始まったピークが絶頂に達する。秋になると、実りの秋の筈が、僕的にはとたんに全てが色褪せてくる。

風情、なんてものを優雅に味わう前に、加齢の事実を猛スピードの早送りで見せ付けられているみたいで、どうも悲しいんです。

日差しが弱くなって、季節の色がどんどんブラウンがかってくる。樹木の葉もシワシワっぽくなってきて、自分の誕生日がくるのでそこで歳を食う。あー、今年も4ヶ月ですねぇ、となる。だから余計に秋が嫌いになる。


30代から40代になる去年の衝撃とは全く違い、今年は一つ持ち上がるだけなので、正直気は楽です。そこで、今年は秋を楽しもうと思っております。



最近はというと、体調もバッチリ、体重も安定してまして、なんだかんだで月曜定休日の制定から1ヶ月、生活サイクルも体に馴染んできております。

火曜日に一人で働くことになり、お休みが減りましたが、割と有意義に使えております。元々週一日の休日で長く生きてきたので、体はキツくとも性に合ってるのかも知れません。

今日もお休みなのに7時前に起きてますが、実は今、ある化粧品会社のイラストを描かせて頂いておりまして、2日ほど徹夜でして、今からその入稿があるので準備しがてらブログを書いています。


夕方からは、また別の方よりあるお酒のブランドのPR企画の依頼が有りまして、そのミーティングがあります。

ブログの更新もままなりませんが、(考え過ぎてうまく書けないのはまだ変わらず)実は、何かと忙しくしております。

僕はお店に6日間ガッツリ向き合い、その合間にも好きな事をやらせて頂ける。

ヤスはまる4ヶ月が過ぎて日に日に慣れ、今では物凄く頼れる存在になりました。隔週金曜のbarberも安定して来ましたし、昨日の流し素麺も大盛況で、春以降、入院からのバタバタを少しずつ取り戻しつつあります。


今年の秋は、毎年より少しだけ季節の移ろいを味わいながら過ごせそうです。



今年は、伴侶ときのこ狩りにでも行ってみたいですねぇ。観光バスで缶ビール飲みながら、隣の奥さんとくっちゃべりつつ、椎茸狩りしてからきのこのバーベキュー、お土産には大量の椎茸、、。


しばらくそんなのしてなかったな、、、。
まあ、欲張らず、着実に!





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