サルトルにスティーブジョブス、ヒッチコックにスピルバーグ、トムクルーズからリチャードギア
各国の元首に日本の歴代総理、宮様までが愛する創業300年を超える京都の老舗旅館、俵屋さん。
言ってしまえばたった18部屋のこの木造の(一部鉄筋コンクリート造)旅館が、なぜそんなに愛されるのか。
昔から折りに触れて会話に登場する「俵屋」という言葉。好きそうとも何度も言われたし、何かを検索すると高確率でこちらの断片的な画像がヒットする。生意気だけど、年数を重ねるにつれ、僕の好みに合うのかな?と思うようになっておりました。
麩屋町御池下ルというこの場所は京都のど真ん中であり、洋服屋やカフェが沢山軒を連ねるエリアでもあります。前は何度も通るんだけど中を窺い知ることすら叶わない。
47歳の初夏に、やっと叶いましたので泊まって参りました!(書いている今も現在進行形です)
***
梅雨の晴れ間の太陽が眩しい6月下旬のある日。不審者のように俵屋旅館の前をウロウロ歩いた後に、えいっ、と敷居を跨ぎました。
オーバーかも知れませんが、松田聖子さんのファンが松田聖子の楽屋のドアを開ける時くらい、緊張しました。
この宿を知って25年、その時間の重みも加わっていますし、僕固有の「入ったら終わりが始まっちゃう!」という貧乏くさい悩みも加わっております。
そんなモヤモヤは、美しいファサードと笑顔の下足のおじさんによって打ち砕かれました。水を打った三和土はこの暑い中、世にもひんやりと僕を迎え入れてくれます。
そしてその先に、夢にまで見たあの坪庭が奥に見える。大きな庭や立派な庭は沢山あるけれど、僕にはこの坪庭が世界一なのです。
キャー!!僕のベスト坪庭っ!!
お部屋は案内頂くので、坪庭の前でグズグスする訳にはいかない。
「待っててね、すぐ戻るからね」
庭を正面に左は折れ、僕のお部屋へご案内いただく。
もう、、ため息が止まらない。明日の11時までこの庭は僕だけのもの。
柔らかな光が差し込んでいます。
わらび餅を頂きつつ、手短で洗練されたお部屋の説明をお聞きしました。きっとこの宿の良さは沢山あるんだろうけど、ベタベタしない簡潔さもあるんだろう、と感じました。
またこのわらび餅がですね、食べた事ないくらいに絶品でした。わらび餅というよりも、黒蜜の入った芳醇な液体に少しのわらび粉を入れて固めたフルッフルの食べ物、という感じです。
温泉宿に置いてある一年位持ちそうな最中とや饅頭には手をつけた事ないんだけど(口の水分奪われるだけなので)その対極とも言える繊細なこちらに、早くもノックアウトです。
お庭をボーッと眺める。部屋の向こうには掘り炬燵までついているじゃないか。
掘り炬燵の向こうにはお昼寝セット!
どうしてこうも至れり尽くせりなのか。
もう、、お風呂もトイレも観たいところだけど坪庭に戻らないと。
帰郷前の僕の脳内シミュレーションにより、狭い坪庭に当たる日の角度は、日が落ちるにつれ暗くなるのではないか、と。急がねば。
吸い寄せられるように入り口付近の坪庭エリアへ戻ります。
上が空になっていて、雨も降りゃ雪も積もる野晒しの庭がどれだけ建物を痛めるか。
15:00で少し日が傾いていても、この明るさです。正午辺りだと完全にスポットライトですな。 一度見てみたいけれど、それは連泊した者だけに与えられる特権です。
右には今の季節だけの茅の輪潜りの輪が見えます。
藤の枝が株ごと一本飾られた坪庭の地面には砂利が敷かれ、手水鉢のような中には澄んだ水が張られ、紫陽花が活けてありました。
うーん、、どうしよう。素敵すぎます。何だかこういうのに目がありません。
都会にいながら自然、屋内に居ながらお庭、みたいな安全地帯を眺める喜びとでも言うのか、それとも単なるノスタルジーなのか。
坪庭に対して、それもこのような狭い正方形の坪庭が建物の真ん中にあるシチュエーションに対して、異常な執着があります。
それに呼応するように、飴色に磨かれた木の床!!
年季の入った飴色に輝く木の床もこの上なく大好物なので、世界一の坪庭とのセットで僕は大変な事になっています。いろんな角度から眺めたり、写真を撮ったり、、。
キリッ!
この宿の素敵なところはですね、こんな事していても放ってくれているところです。聞いてもないのに長い説明を始める女将風のオバハンとか中居さんはおらず、会釈で通り過ぎてゆかれる。
はぁ、そういうところも大好きです。
と、坪庭を舐め回しすように眺めていたら目的の半分が終わってしまった(笑)
いやいや、お風呂に冷蔵庫のビールに食事に、、、お楽しみは図書室にまだまだあります。
こじんまりしたお風呂場はモダンで、清潔そのもの。
レトロ好きだから木張りの方が好みなんじゃないの?と思われるかもですが、前に行った強羅の某カンスイロウさんは浴室がオール木造で、それはそれで情緒があって良いんだけど、強烈なタンパク質の腐敗臭のような臭いがしました。
やはり水回りは痛みやすいですものね、、。難しい所です。
浴槽は高野槙で、既に満々とお湯が張られていました。
浴槽そばにはサッシを排したガラス窓が。開けますとまるで庭にいるみたいです。
サッシのない窓ガラスが特注でいかにお金が掛かるか、、。本当に毎度、心に刺さります。
お風呂にある湯桶なんかも割れそうなくらいに薄く、まるで楽茶碗のように軽い。添えられた温度計も割れないような工夫がされていて、洗練されたという形容詞がピッタリのチョイス。
お湯に浸かり、全身の毛穴まで脱力します。目を上げればお庭の緑、、
ああ、悔しい。僕もこんな空間作って人を楽しませたい。
1時間くらいお風呂で遊んだ後は縁側でビールです。牛乳瓶のように腰に手を当てて飲む。
あー、どんどん楽しみが終わってしまう。過ぎゆく時間はまるで、指の間をこぼれ落ちる砂粒のようであります。人は非力であり、逆らうことは出来ません。
(と言いつつ、人の3倍くらい楽しんでますが)
部屋でゴロゴロしつつ、置いてある雑誌眺める。本当にセンスの良い、少し斜め上からのアプローチなセレクト。
また起きてお茶を頂き、氷水を頂き、また風呂に入り、としているうちにドアのノック音。
わー、もう晩御飯の時間ですか。
あんまり沢山ご飯の写真を貼るのは好まないんですが、備忘録としてお許しください。
先付け
海老やら芋やら万願寺やら
玉蜀黍の擦り流し
向付け
鱸とあぶらめ
椀物
牡丹ハモ
焼物
鮎の笹焼(中に焼け石が入っていて煙が出ていました)
鮎に付随して
野菜の取り合わせ
蓼酢
温物
甘鯛の湯葉包み餡掛け
強肴
ハモの湯引き(一個食っちゃいました)
そしてご飯、香の物、味噌汁から水菓子へと至ります。
足りない!!(笑)
普通の方なら大丈夫な量なんですが、僕には少なかったようです。
いえ、僕が悪いんです。期待と同じくらいに胃袋を拡げて待ち構えていたのでは、そりゃ足りませんって。(笑)
余り欲張らずに明日の朝に備えよう、っと。
お給仕して下さった妙齢のお姐さん、聞けば西陣のご出身だそうで本当に美しい京言葉の使い手。
「ほなら若い頃は京都においやしたんどすか?」
「そら、えらいすんまへん事で」
そよ風のような美しい抑揚に、耳から、目から、舌から京都を味わいました。
(明日、許可をいただけたらお写真挿入します)
祇園町の知り合いの店に少し出掛けるつもりをしていましたが、辞めてしまいました。
予定を曲げてでももう少しこの宿に居たい、そう思わせる宿であります。
メイン坪庭の裏手にはこのような空間がありまして、
奥には座椅子やソファがあります。
その奥が図書室になっていましてですね、
これがまあ、素晴らしい蔵書の数々。
美術書にエッセイ、芸術系の図録に着物や建築に関するものつくりの本に作庭、能楽、別冊太陽に小説まで。どれも大好物。
喫煙所もこんなに小さくてカワイイ上に、きちんと庭に面している。
ここでピンときました。
ここはですね、凝った秘密基地なんですよ。
こんなブースが各所にあり、それぞれが狭く美しく整えられていて、タバコを吸う部屋だったり、お庭を眺める目的だったり、いろんな仕掛けに分かれていて各個人が好きな基地で思い思いの時間を過ごせる。
それを特に押し付ける訳でもなく(更に言えば特に説明もない)サラリと用意だけしてある訳です。
当然、ベースとなるのは純和風建築の説得力です。
幕末以来、飴色になるまで磨かれた無数の和風建築を繋ぐように複数の坪庭が点在していて、 どこまでが庭なのか 建物なのか分からないような恐ろしく贅沢な作り。
建築やお庭だけでも充分に重厚なのに、そこへきて伝統的な京料理があり、各所に秘密基地があり、花が生けられ、美術館クラスの骨董が飾られ、、。
まるで、恐ろしく知的で裕福で、イタズラ好きのお婆ちゃんのお家に遊びに来たような...。
つまりは最高の宿です!
***
部屋に戻ると、フカフカのお布団が敷かれております。
このお布団、凄いお布団らしいのです。
敷布団には一万個の繭が使われた真綿のふとんでして、掛け布団は最上級のフェザーを使っているのだそう。お値段は、、。まあいいや。
僕の感想はと言うとですね、すぐに寝落ちしてしまった上にかなりの暑がりなのですぐにめくってしまい、有り難みを感じるには至りませんでした。すみません。
7時半にお願いした朝ごはん。和食か洋食かを選べます。
湯豆腐に魚がつきます。かれい、鯵、鮭から選べました。
湯豆腐は炭火が入っています、、。朝から凄いな。
全て残さず平らげまして一風呂浴びますと、また眠くなります。どうして毎回こうなんだろう。
掘り炬燵の狭い隙間に挟まってうとうと、、。
ノックの音が聞こえまして、時計を見るとチェックアウトの11:00まであと2分。
寝過ごしたっ!!
飛び起きて慌てて支度をし、(もう荷造りしてありました)宿を飛び出しました。
もー、何とか良いお客さん風で保てたのに、ラストでしくじってしまった、、。フロントも中居さんもお忙しそうな時間帯なのに、申し訳なかったな、、。
ぜひまたもう一度泊まりたい。次は別のお部屋で、出来ればもっと古いお部屋がいいな。
そして、贅沢だけどまた1人がいいな。
気の向くままに本を読んだり風呂に入ったり、ネットで調べ物したりしてじっくり宿と向かい合いたい。
石鹸の香りと共に、次の宿へと向かいます。
長々とお読み下さり、ありがとうございました。