三島由紀夫「肉体の学校」
戦後の東京。
核となる浅野妙子はオートクチュールのデザイナー。彼女は旧華族の元夫人であるが、上流社会に食傷気味である。
唯一気が置けない女学校時代からの遊び仲間の2人と、月に一度の定例会「豊島会」(年増に引っ掛けている)には皆着飾って集い、隠語を用いて話に花を咲かせる。
妙子は年齢を重ねたとはいえ、まだまだ美貌を売りに出来るほどの容姿に加えて、ハイセンスな趣味の着こなしを楽しむだけの余裕がある。
三人は話のネタに訪れた池袋のゲイ・バァにて野性味と貪欲な生命力に溢れる青年「千吉」と出会う。彼は生活苦のために美貌と肉体を売る職業ゲイ、所謂「食われノンケ」である。
彼女はこの美しい青年にどんどん引きこまれてゆくが、、、
最初のデートの時、妙子は将軍の出陣さながら、これ以上ないエレガントな装いに全身を包んで出かけた。
しかし千吉は怪しげな革ジャン、Gパンに下駄をつっかけて現れ、妙子を失望させた。千吉は朝鮮料理や焼鳥屋を物色し、最後は歌舞伎町のパチンコ屋でひと勝負始める。
妙子は旧男爵夫人。とてもついていけないとばかりに外で待つが、通行人にパンパンと間違われ、さらにみじめな気分になる。
しかし、千吉のどこか憎めない少年のような粗暴な振舞い、はち切れそうなGパンの太ももの膨らみに命の輝きを感じる。
次回はダンスをしましょう、と二人は別れる。
後日、デートの当日。妙子は臙脂色の徳利セーターを引っぱり出し、時代遅れのスカアト、一番地味なキャメルのコオトを合わせて、女詩人のように髪を雑にまとめ、どうやったらGパンの恋人になれるか思案していた。
待ち合わせの場所に現れた千吉は、一分の隙もないスーツ姿であった。
一目でわかる英国製の渋い格子柄の焦げ茶のスーツ。素晴らしく好みの良い伊太利製のネクタイ、チーフ。決して借り物ではない、鍛え上げられた体にぴったり吸いつく形。
店内の人間はみなこちらを注視している。皆、この水際立った男前に、ただ見とれていただけである。
妙子は呆れて、しばらく物が言えなかった。
三島由紀夫 「肉体の学校」
(前半、大体こんな内容です)
***
僕はそもそも、このブログの書評欄にあるとおり、成り上がりのストーリーが好きです。成り上がりこそ人間普遍のドラマです。
それは崇高な自己実現であり、時に復讐でもあります。人は成り上がるために最も自分に合った方法を見つけ、自分を鍛錬し磨きあげ、勝負に出ます。
時代背景は特に戦後が好きです。混乱期の方が話が盛り上がり易い。
一番好きな作家は有吉佐和子。
僕の好きな多くの主人公は有吉佐和子の描く芸者さんや娼婦の半生、殊に女性の場合が多いんです。ってか、ほとんど女性。
僕は女性の友人が少ないのですが、これは面白い現象だと思います。
僕が仮に誰かに「何のおたくですか?」と聞かれても、僕は音楽でも骨董でもお酒でもない、
(好きだけれど人に語る程ではないというレベル)
「有吉佐和子おたく」だという事に気付きました。
彼女の小説には匂いがあります。廓のシーンだと鬢付け油の香り、戦後の焼け野原のバラックのシーンでは瓦礫の焦げる匂いがしてきます。
緻密な人物描写と、膨大な時代考証の跡でしょうか。ある小説で芸者屋のシーンを描く時、お座敷に通い詰めたそうです。
しかし、ほとんど読みつくしてしまった。そう、存命作家とは違って次回作が出ないんです。(当たり前か)
で、最近は三島由紀夫。
独特の虚飾の極地のような文体が苦手で手もつけなかったんですが、最近歳を食ったのか素直に向き合えるようになり、よく読んでます。
彼の小説も有吉佐和子然り、登場する人物はみな、生き生きしています。様々な時代に一所懸命に生き、そして死んでゆきます。
「猟犬のような白い歯を見せ、笑った」
「日に焼けた肌は麦畑のような輝きをもち」
「大きな鉢に満々と湛えられた乳のような白い肌」
美しい比喩の洪水です。
冬の寒い夜、読書なんて如何でしょうか。
ちなみにお店は寒いせいか暇です。
(早く閉める日もあります、念のためお電話下さいませ)
よかったらどうぞ。
- 2013.02.17 Sunday
- 独自研究
- 10:39
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- by シンスケ