僕は、昔から落語が好きです。
関西出身なので、たまに古い柔らかな大阪弁を聞きたくなります。海外で何日か過ごすと無性にざるそばが食べたくなるのと似てる。
今は行かなくなったけど、仕事が終わってから新宿の摩天楼の麓の朝までやってる海鮮居酒屋に一人で行き、刺身を肴に日本酒の熱燗を飲みながらYouTubeで桂米朝さんの落語を聴いていました。
なんとなく、古い江戸の街並みの中で一杯ひっかけてるみたいで(上方落語なのに 汗)楽しいんですよ。
一人で笑ったり泣いたりしてました。気持ち悪いでしょ。
その、米朝さんのお弟子さんで胃癌で亡くなられた桂吉朝さんも、好きでした。
今回、ご縁というのか不思議なんだけれど桂吉坊さんと知り合いました。彼は米朝師匠の孫弟子。直接の師匠は吉朝さん。点と点が線で繋がる気がしました。
この師匠筋の特徴は、落語以外の古典芸能を多く学ばれているというところ。吉坊さんも笛に三味線に長唄、お能まで習ってらっしゃるんですって。
今日は初めて拝聴する事が出来ました。
当たり前だけど広い舞台、あるのは高座と座布団一枚。
袖には見えないけど三味線と太鼓、笛と鐘がいるだけ。
何より吉坊さん、とてつもなく上手い。上手いというより巧い、の字が相応しい。
声色は勿論、キャラクターを使い分けてその間の取り方や、表情まではっきり表現なさる。それぞれが立体的で、勝手に動き出す。
その中で特に驚いたのが早口でまくし立てる芸。
主人公がお喋りをたしなめられて、言い訳するほどに早口でお喋りになるという状況なんだけど、それが機関銃のように、一度も噛まずにやってしまう。まるでテープの早回しみたいに。
男も女も入り混じって、仕草も付いて、息を飲む程の情報量。
マライヤキャリーの高音ファルセットや、マイケルジャクソンのムーンウォークさながら、十八番登場にお客さんは待っていたとばかりに手を叩いて大喜び!
そんな芸を美しく繋ぐのが袖に控えるお囃子。桜並木の下を散歩、というと「チントンシャンー」と始まり、なんとも優雅な気分。
吉坊さんは膝で立って、交互に歩く仕草をする。本当に歩いてるみたいだ!!
その時、僕にはちゃんと肩に積もる花吹雪が見えました。
お囃子も素晴らしい。お化けの音から雪の音、お寺の風情からモノが転がる音まで何でも来い。
そして、圧巻の、ある二人のやり取りの場面。
髪結いと客の旦那が両方とも歌舞伎通で、話が歌舞伎の方にばっかりになって、肝心の髪が中々結えない。
忠臣蔵の台詞の真似に熱中する髪結いに「おいおい、手が止まってるじゃないか、早くしなさい」なんてたしなめるんだけど、旦那もそれが楽しいもんだからついつい乗せられてモノマネをし、なかなか作業が進まない。
さらに真似事のラリーが続いてどんどん本気になってくる。凄い技術だな、なんて感心していたところ、、
急に吉坊さん、声色がもう一段階シフトチェンジし、本気の歌舞伎役者みたいな声色を使い出した。
何と、更にレベルを上げてモノマネし始めたのだ。今まででも充分素晴らしいのに、それでもまだ抑えてたのか。
こんなの見たことない!
みるみる顔まで変わり、真剣な眼差しで忠臣蔵を語り始める。姿まで物凄く大きく見える。お囃子も物凄く神妙で文句無しに上手い。
僕みたいな歌舞伎を見慣れていない奴が目をつぶったら、本当に歌舞伎座にいると錯覚してしまうくらいに迫力がある。
驚愕して呆然と聞き惚れていると、パッと少年のようないつもの顔に戻られ、「おい、いい加減にしなさい!」と旦那が髪結いにツッこんで現実に戻る。
ここで会場は一気に解放されて大爆笑。
ほー、これこそ憑依芸。もう骨抜きです。惚れた。
その後の髪を結う仕草も落語のそれというよりはパントマイムで食べて行けるレベル。何故こう、連続で畳み掛けるのか。
平面が立体になり、それが複雑に積み重なって縦横無尽に動き出す。遂には三次元を突き抜けてイメージの世界まで到達し、凡ゆるテクニックで心を掻き乱す。
たった一人で数人を演じ分け、時間の経過も場所移動もシンプルに説明することだけでも如何に大変なことか。
更に現実ではない「概念の世界」に聴き手をトリップさせてしまう構成力と技量、そして恐ろしい程の度胸。
僕はこういう芸に触れると、胸がカーッと熱くなります。
つまり大好物なのです。
吉坊さんの足元にも、爪先にも及ばないけれど、楽器やiPadの音源を使って営業していたのは、知らず知らずだけどこんな事がしたかったんだな、と再認識させられた。
所謂、「口先一つで聴き手をあらゆる場所に連れて行く」芸。
もし吉坊さんがアコーディオンを弾ければ、すぐさまパリのカフェになるだろう。ヘンデルを弾けばロンドンのお城の中にもなる。
鍋を叩いて京劇の音楽を流して中国の阿片窟だったのがフレッドアステアでハリウッド。インドだってアフリカだって行ける筈。
悔しい。羨ましい。僕も憑依したい。
僕もそんな事を出来る人になりたい。僕も歌舞伎の声色出来たり、早口でまくし立てる事が出来たらお客さんは大喜びなんだろうなぁ。
( ;´Д`)
本当は今日は疲れていたんだけど、凄く大切な忘れかけていたモノを突きつけられた気がする。
心地よい充足感。いやはや参りました。
万難を排して、またお伺いしたい。